スーフィズムの真髄 

ジェームス・ファディマン ロバート・フレージャー 宮本神酒男編訳 

スーフィーのユーモア噺  

 

<ホジャ物語> 

 ホジャと友人たちが茶屋に坐って話をしていたとき、知識のあるイスラム修道僧が入ってくるなり尊大に言い放った。

「なんでもおれに聞くがいい。どんな問いにも答えて進ぜよう!」

「じゃあお聞きします」とホジャ。「金持ちで学識のある人が私に近づいてきて尋ねたのですが、私はそれに答えることができませんでした」

「ほう、それは残念だ。おれがその場にいればよかったな」と修道僧は自信たっぷりに言った。「おれなら答えることができた。で、なんと聞かれたんだね」

「こう聞かれました」とホジャ。「どうして昨晩、おまえは窓からわが家に侵入したんだね」

 

 ある日ホジャは金持ちの友人の家を訪ねてこう言った。

「お金をいくらか貸してもらえるかな」

「いいけど、どうして」と金持ち。

「じつは象を買おうと思ってね」とホジャ。

「もし象を手に入れても、お金がなかったらどうやって飼いつづけるんだい?」

「私がここに来たのはお金が必要だったからで、アドバイスじゃないよ」

 

 ある金曜日、ホジャはモスクの演壇に立って聴衆に向って説教をしていた。

「信者のみなさん、今日私が何を話そうとしているかご存じですか」

「まったく見当もつきません」と聴衆。

「わかりませんか。それじゃあ、今日の話の目的は?」

 そう発言すると、彼は演壇から下りてさっさと帰宅してしまった。

 つぎの金曜日、ホジャはモスクにやってきてまた演壇に立つと、同様に聴衆に向って聞いた。

「信者のみなさん、今日私が何を話そうとしているかわかりますか」

「はい」と聴衆。

「ご存じならよろしい。で、今日の話の目的は?」

 そう言うとまた彼は演壇を下りて帰宅してしまった。

 つぎの金曜日にホジャはまたモスクの演壇に上がり、おなじ質問をした。

「信者のみなさん、今日私が何を話そうとしているかご存じですか」

 聴衆はあらかじめどう答えるか準備をしていた。

「ある者は知っているし、ある者は知りません」

「それなら」とホジャ。「知っている人が知らない人に話せばいい」と言うと、家に帰ってしまった。

 

「私は暗闇でも目が見えるんだ」と、ある日、茶屋に坐っていたホジャが言った。

「もしそれが本当なら」と友人たち。「夜、ときどき明かりを持っている姿を見かけるのだが、あれは何だい?」

「ああ、それはだね」とホジャ。「ほかの人が暗闇の中で私にぶつからないようにするために、明かりを持っているのさ」

 

 ある日友人がホジャに金を貸してくれと言ってきた。翌週には返すと約束して。ホジャは彼を信用していなかったが、お金を貸した。驚いたことに、友人は翌週、きちんとお金を返した。

 数か月後、おなじ友人がまたお金を貸してくれと言ってきた。ホジャはそのときこう言った。

「今回は、おまえはお金を返さないだろう。前回、私はおまえがお金を返さないだろうと思った。ところが私をだましてお金を返したではないか。また私を笑い者にしようとしているのだろうが、そうはさせぬ」

 

ホジャは国王とたいへん親しくなった。彼の賢くてユーモラスな言葉が国王を喜ばせたのである。

 ある日国王はどうしようもなく空腹を感じた。そこで宮廷料理人にナスの料理を作らせた。それはとてもおいしかったので、毎日そのメニューを作るよう命じた。

「この野菜は世界で一番おいしいとは思わないかね、ホジャ」

「はい、おっしゃるとおり一番だと思われます、国王さま」

 五日後、つまり5晩連続でナス料理が出された。しかし国王は叫んだ。

「なんだ、このまずい料理は! 早く片づけろ!」

「さようでございます、国王さま。世界でもっともまずい野菜でございます」とホジャ。

「だが数日前、おまえはこれが世界一おいしいと言うたではないか」

「ええ、たしかに。でも私は国王に仕える身です。野菜に仕えているのではありません」

 

 冬のあいだ、ホジャは暮らしの糧がなかった。そこで彼はどうしたら切り詰めていけるか考えた。彼は自分のラバにやるエサの大麦をすこし減らすことにした。ラバはそれでも満足しているように見えた。数日後、またもうすこしエサを減らした。ラバは依然として幸せそうに見えた。そうやって減らして、ついにはエサの量を通常の半分の量にすることができた。ラバの動きがすこし緩慢になり、静かになったが、依然として健康で満足しているとホジャは考えた。

ある朝、家畜小屋に入ると、驚くべきことにラバは死んでいた。

 彼は泣きじゃくって叫んだ。「食べないことにようやく慣れたのだ」

 

 かつてホジャはとても重要な公式晩餐会に呼ばれたことがあった。そのとき彼はフォーマルな衣装を着ず、普段着で参加した。彼にはだれも敬意を払わず、軽蔑のまなざしで見た。だれも彼に注意を払わなかった。召使いは彼を無視し、晩餐をも出さなかった。

しばらくして彼はだれにも気づかれないようにして晩餐会を抜け出し、帰宅した。彼は家でもっとも上等な服に着替えた。すばらしいターバンをかぶり、上質のシルクの服を着て、高価な宝飾をつけ、最高級の大きなオーバーコートを羽織った。そして晩餐会にそっともどった。

 今回は大歓迎された。ホスト自身がホジャに、彼の隣の高座に坐るよう促し、最高の料理が満載の皿をすすめた。しかしホジャは突然コートを脱ぐと、それを皿に載せ、ホストを困惑させた。

「食べてください、ご主人」

「ホジャ、いったいどういうことだ?」

「あなたが敬意を払っているのはこのコートです。私ではありません」

 

 ホジャは楽器のリュートを習いたいと思った。そこで彼は音楽教師に近づき、たずねた。

「リュートのプライベート・レッスン料はいくらですか」

「最初の月は3銀貨で、そのあとは毎月1銀貨です」

「おお、それはなんと適正な値段だろう」とホジャ。「私は2か月目から始めるとしよう」

 

 ホジャは市場へ行って、じゃがいもがいっぱい入った大きな麻袋をひとつ買った。彼は麻袋を肩にかけ、ロバに乗って家へ向かった。途中で何人かの友人と会ったが、みな口々におなじことを言った。

「ホジャ、片方の手で麻袋を持ち、もう片方の手でロバを制御するのはむつかしいだろう。どうして麻袋をロバにくくりつけないんだい?」

「このロバは小さく、私を運ぶのがやっとで、これ以上の重さには耐えられそうもありません。だから麻袋を自分で運ぶことにしたのです」

 

 何かの理由でアクシェヒルの人々はホジャにたいして怒り、彼を町から追放しようとした。人々が訴えてきたので、行政長官はホジャを審問にかけるしかなくなった。長官はホジャに言った。

「ホジャよ、この町の人々はおまえが好きではないようだ。おまえに出て行ってほしいそうだ」

「それは逆で私のほうが彼らを好きではないのです」とホジャ。「私ではなく、彼らが全員町から出て行くべきなのです」

「だがおまえはひとりで、向こうはたくさんいるのだぞ」

「まあ、でも、たくさんだからこそ簡単なのです。彼らはみないっしょに仕事をし、行きたいところへ行って村を建てることができます。しかるに私は独り身で、年寄りです。どうやって新しい家を建て、田舎で畑を耕すというのでしょうか」

 

 ある日のこと、ホジャはロバに乗って道を進んでいた。そのとき何かに驚いて、突然ロバが走り出した。彼はロバを制御することができなくなった。それを見た農夫が大きな声でホジャに言った。

「おや、ホジャ、そんなに急いでどこへ行く? なんでそんなに急いでいるんだい?」

「私に聞くな」とロバの上から返事があった。「ロバに聞いてくれ」

 

 ある金持ちの医者がアクシェヒルにやってきて、イスファハンにシャー(王)が建てた巨大な宮廷について自慢しはじめた。建物のうちのいくつかは、部屋数が二百を越え、数千平米の敷地を有するという。

 そこにホジャが割って入った。

「そんなのどうってことないさ。われらの首都ブルサにスルタンが建てた建物を見てごらんよ。建てたばかりの病院なんか1万メートルの長さがあるんだぞ」

 そのときちょうどブルサから帰ってきた男が部屋に入ってくると、ホジャは「広さは数百平米だけどな」とつづけた。

「その建物はすこし変わっているようだな。その長さでその広さというのはどうもつり合いがとれないんじゃないかね」

「いやまちがってないよ」とホジャ。「友人が部屋に入ってくるまではね」

 

 かつてホジャは狩りに行き、何羽かウズラを捕えたことがあった。彼は羽をむしりとり、こんがりと焼いて、大きな鍋に入れて蓋をすると、食事に招待しようと近所の友人たちを呼びに行った。ホジャが出かけている間に何者かが家に侵入し、焼いたウズラを盗り、かわりに生きたウズラを置いていった。

 ホジャは友人たちといっしょに家に戻ってきた。しばらく話をしたあと、自慢げに鍋の蓋をあけた。するとすべてのウズラがばたばたと羽ばたきながら飛び出し、そのまま窓から外に飛び去っていった。ホジャはショックのあまり呆然とした。

 気を取り直して彼は言った。

「なんてこった! それにしてもこれは奇跡だ! ああ神よ、あなたが死者を生き返らせたにちがいありません。しかしひとつだけうかがいたい。バターや塩、胡椒、それにもろもろのスパイスはどうなったのでしょうか」

 

 ある日腹を空かした貧しい男が、手に一切れのパンを持って通りを歩いていた。あるレストランの前を歩いていたとき、鍋にのっているおいしそうなミートボールが目に留まった。彼は持っていたパンを振りかざすと、数秒後にそれをぱくりと食べた。レストランの主人はすぐに気づき、男の首根っこをつかまえて判事の前に引きずっていった。判事はたまたまホジャだった。主人はこの貧しい農民がミートボールの代金を払うべきだと主張した。

 ホジャは注意深く主人の言い分を聞くと、ポケットからコインをふたつ取り出して言った。

「ちょっとこちらに来て私の横に立ってください」

 主人がそのとおりにすると、ホジャは拳(こぶし)を振った。それは男の耳元でチャリンと音をたてた。

「いったい何をしているのですか」と男はきいた。

「私はいまあなたのミートボール代を払ったところです。お金の音は、食べ物の香りの代金にふさわしいでしょう?」

 

ホジャは愛する妻を失い、心を痛めていた。隣人も友人もみな彼を勇気づけ、慰めようとした。

「奥さんのことはご愁傷さまです。でも、きっといい人をわれわれが見つけてあげるから」

 しばらくして、彼のロバも死んでしまった。ホジャは死んだ妻以上に死んだロバのことを悲しんでいるように見えた。何人かの友人がそのことに気づき、彼に近づいて理由をたずねた。

「私の妻が他界したとき、友人はみなもっといい人を探してあげようと言ってくれました。でもロバが死んでもだれもかわりのロバを見つけてあげようと言ってくれないのです」

 

 真夜中、窓の外で一悶着起きているのか、騒がしい音がホジャの耳に聞こえた。彼はブランケットに身をつつみ、何が起きているかたしかめるために外に出た。そこではふたりの男が取っ組み合いの喧嘩をしていた。するとそのうちのひとりがホジャに近づき、ブランケットを奪うと、もうひとりの男とともに走り去った。ホジャはかわいそうなことに、ブランケットなしでベッドに戻るはめになった。

「何の喧嘩だったの?」と妻が聞いた。

「われわれのブランケットをめぐる喧嘩だったようだ。いまそれを手に入れたから、喧嘩は終わったのさ」

 

 ある日友人がホジャの家を訪ねてきて言った。

「ホジャ、あんたのロバ、貸してくれないか」

「残念だが、もうほかの人に貸してしまったよ」

 そう言い終わらないうちにロバがヒヒーンと鳴いた。

「ホジャ、ロバが鳴いているぞ! 家畜小屋から聞こえる!」

 友人の目の前でぴしゃりと扉を閉めながら、ホジャは威厳をもって言い放った。

「私の言葉以上にロバの言葉を信じるようなやつには、どんなものも貸すことなどできぬは!」

 

 茶屋にいるすべての男がアブドゥルと言う名の男のことを批判していた。彼らが言うには、アブドゥルはならず者だとのことだ。

 町の有力者のひとりは言った。「あいつはボケナスだ」

 だれもがうなずいたが、ホジャだけは違った。

「みなさん、それは違いますよ。すくなくともナスは調理することができるし、それを食べたわれわれの体の栄養になる。アブドゥルは何の役に立っている?」

*原文はボケナスではなく、キャベツ。キャベツには愚か者の意味がある。

 

 茶屋に何人かの兵士が集まり、最近の戦争の勝利について自慢しあっていた。地元の人々がまわりに集まり、熱心に耳を傾けた。

「おれは両刃の剣で敵を激しく斬ってやったよ」とひとりの兵士が言った。

 賞賛の拍手が沸き起こった。

「それで思い出したよ」とホジャが割って入った。「戦場で敵を斬ったことがあった。そのときは右腕を斬った」

「それも悪くはないが」と兵士のなかの大尉が言った。「頭部を斬ったほうがもっとよかったでしょう」

「もちろんそうでしょう。ですが、ほかのだれかによってそれはすでに斬られていたので」

 

 ある日国王は使者をホジャのもとへ送り、熊狩りをするよう頼んだ。彼は熊狩りなどおぞましいと思ったが、行かないわけにもいかなかった。

 狩りから村に戻ってきたとき、だれかがホジャにたずねた。

「狩りはどうだった?」

「ああ、よかったよ」

「何頭の熊を仕留めた?」

「一頭も」

「何頭狙った?」

「一頭も」

「何頭見かけた?」

「一頭も」

「そんなんでどうしてよかったと言えるのだ?」

「そりゃ、一頭も、が一番いいだろう?」