タウンビョン精霊祭につどうシャーマンたち

 八月の満月の夜が近づくと、マンダレーやその郊外のタウンビョン村(ポッパー山とならぶ精霊の聖地)には一種異様な雰囲気が漂いはじめる。熱病が発病する前のからだの火照りのような感覚とでも言おうか。

 正確には月齢八日目に数万人が参加するタウンビョン精霊祭の幕が開ける。結束する満月の日まで、ミャンマーの37の精霊(ナッ)のなかでも代表的なタウンビョン兄弟(シュウェピンギとシュウェピンゲ)を主神として祀る、カーニバルのごとき賑わいの祭りはつづく。

 主役はまちがいなくこの晴れの舞台のために全国から集まってくる数百人ものシャーマン(ナッ・カドー 精霊の妻の意)たちだ。もともとほとんどのシャーマンが女性だったが、最近では半数以上がゲイ・シャーマンにとって代わられつつある。

 この独特の雰囲気のなかで、参加者のなかには神憑って、シャーマンになってしまうケースも少なくない。1920年代には、英国人女性が精霊に魅入られ、精霊と結婚した例も報告されている。

 精霊との出会いは、こうしたタウンビョン祭のときでなければ、夢の中で起こる。十代の頃に夢の中で精霊に口説かれ、肉体関係を持ってしまうが、精霊と結婚するのは三十代か四十代になってからのことが多い。結婚の時期が遅いのは経済的理由が主だという。結婚儀礼には多大な金銭を要するのである。

 現実生活おいて結婚しながらも、精霊世界でも結婚する、というのが一般的である。親しくなったあるマンダレー在住の40歳前後の女性ナッ・カドーは、会社員の夫、ふたりの子ども、老いた両親と暮らし、本人も花売りを生業としていたが、頻繁に精霊儀礼を開いていた。彼女もまた現実世界と精霊世界双方で結婚していた。

 こうして重婚するのは、もし精霊の要求を拒んだら、家族を失ったり、病気になったり、なにかのトラブルに巻き込まれたりするからだという。

 精霊との結婚式は、精霊が希望する時期に随意おこなわれるが、実際はほとんど八月のタウンビョン祭が終わった直後におこなわれる。上述のように、祭りのときに精霊に魅入られてその流れで式を挙げることもあれば、長年夢の中で夫婦の契りを交わしながら、ようやく式にこぎつける場合もある。

 儀式はタウンビョン村の「(精霊の)王宮」か、パンダルと呼ばれる仮小屋で催される。絹の糸で囲われた空間に純白のシーツが敷かれ、その上に赤いシーツが掛けられる。もっとも重要なのは、「花嫁の蝶の魂を寝かせる」という儀礼だ。シャーマンが花嫁に鏡を渡し、花嫁がそれを返すという動作を繰り返し、花嫁は鏡の中をじっと見つめる。それからシャーマンは絹糸を花嫁の手首や踵、肩、それから髪の房に掛けると、花嫁の魂は「眠り」、精霊の妻になったとみなされる。シャーマンは花嫁にベールを被せ、花飾りを首にかける。

 

いくつかのシャーマン(ナッ・カドー)の例

☆ウ・カ(男、マンダレー)

 18歳のとき、精霊(ミン・マハギリの妹、トゥン・バン・ラ)が夢の中に現れ、愛を告げた。精霊によって彼はすべての財産を失ったうえ、妻も殺された。25歳のとき、精霊と結婚した。それから夢の中で性交渉をもつようになった。

☆ド・ピャ(女、マンダレー)

 17歳のとき、タウンビョン祭に参加したあと、夢の中で精霊(タウンビョン兄弟の弟)に愛された。しかし精霊とは結婚しないで、彼女は医者に相談した。おなじ年、人間の男と結婚し、ふたりの子をもうけた。37歳のとき、彼女は夫と離婚した。長く精霊を拒み続けたため、彼女は財産を失い、病気になった。発作を起こし、顔面蒼白になり、嘔吐し、ついには発狂してしまったため、精霊と結婚した。すると平常に戻ったという。

☆ウ・マウン・マウン(男)

 25歳のとき、タウンビョン精霊祭に参加したとき、精霊マ・ングウェイ・ダウンに見初められた。精霊は夢の中で美しい女として現われ、肉体関係を迫った。彼はその二ヶ月前に結婚したばかりだったが、離婚した。精霊マ・ングウェイ・ダウンの夫ウ・ミン・チョーは、ふたりが関係をもつたびに嫉妬して干渉してくるという。

☆ド・チョウン(女)

 40歳のとき、タウンビョン祭に参加し、踊っているとき、精霊ウ・ミン・チョーにとりつかれた。彼女は精霊と結婚したが、人間の夫とも結婚した。

☆ド・ティ・ラ(女)

 13歳のとき、精霊たち(ウ・ティン・デと姉妹)に愛された。精神的に不安定な時期がつづき、民間医に相談したところ、これらの精霊に憑かれていると診断された。38歳のときタウンビョン祭に参加し、タウンビョン兄弟の弟にとりつかれ、すぐに結婚した。