スーフィーへの道    編訳:宮本神酒男 

(1)ヒドルと出会う *ヒドル(Khidr)は緑の男の意。神秘的な導師のこと 

 ヒドルとはスーフィーの「見えない導師」のことだ。クルアーン(コーラン)のなかに現れるモーセの名もなき導師はこのヒドルであったと信じられている。この「緑の男」はしばしばユダヤ人として描かれ、聖ジョージや予言者エリヤと同等に扱われることもある。つぎの物語、いや報告のように、民間伝承やデルウィーシュの教師の間では、ヒドルに超常的な役割が付せられている。

 昔、オクサス川の畔にたたずんでいると、人が川に落ちるのが見えました。するとデルウィーシュのかっこうをした男が走ってきて、助けようと川に飛び込みました。しかし彼自身が川の水に引きずりこまれてしまったのです。そのとき、きらめくような緑色の衣をまとったもうひとりの男の姿が見えました。彼もまたひらりと川に身を投げました。しかし彼は川の表面に身を叩きつけられ、その姿が変形したように見えました。彼は人間というより川面を流れる丸太のようでした。川に落ちていたふたりの男はなんとかその「丸太」にしがみつき、ともに泳いで川岸をめざしました。

 わが目を疑ってしまったのですが、そこに茂みが生まれ、どんどん大きくなっていくと、彼らを覆うほどになったのです。男たちはあえぎながら、どうにか川岸にたどりつきました。すると丸太は流れていったのです。

 私が丸太を遠くから眺めていますと、流れ去って、男たちの視界から消え、川の端に漂っていきました。そして、びしょ濡れになった緑の衣の男があらわれ、川岸に上がりました。彼の体からは水が奔流のように流れ出ました。私が彼のもとに着いた頃には、彼の体はほとんど乾いていました。

 私は彼の前の地面に身を投げ出し、泣きながら言いました。

「あなたは聖人のなかの聖人、緑の者、ヒドルであられるにちがいありません! 私にどうか祝福をお与えください!」

 私は彼の衣に触れるのが恐くてなりませんでした。なぜならそれは緑色の炎のように思えたからです。彼は言いました。

「おまえは多くのものを見たようだ。私がほかの世界から来たことはこれでわかったであろう。そして彼らは知らないが、神のために奉仕する者たちを守っていることを。おまえはサイード・イムダドゥッラの弟子のようだが、神のために我々が何をしているかを知るほどには成熟していないようだ」

 私が顔を上げると、そこに彼の姿はありませんでした。耳に聞こえたのは、川の流れる激しい音だけでした。

 ホータンから戻ってきたとき、私はおなじ人を見ました。ペシャワール近くの休憩所の筵の上に寝そべっていたのです。私は自らに言いました。

「前回私はあまりに未熟だったかもしれない。しかし今回は十分に成熟しているだろう」

 私は彼の衣に触ってみたのですが、それは特別なものではありませんでした。その下に何か緑色に光るものがあるように思えましたが。

「あなたはヒドルにちがいありません」と私は彼に言いました。「あなたのようなごく普通に見える人が、どうやって奇跡を行うのか、私は知らなければなりません。そしてなぜ行うのか。あなたの方法を教えてください。私もそれをやってみたいのです」

 彼は高らかに笑った。

「どうやらおまえは情熱的な人のようだな! 前回おまえは石頭だった。そしていまも石頭のようだよ。会う人みなに、ヒドルのエリアスを見たと吹聴するがいい。すぐに彼らはおまえを狂人用の牢獄に入れることだろう。おまえが抗議すればするほど、より強く鎖に縛られるようになるだろう」

 それから彼は小さな石を取り出しました。それを見つめていると、私は動けなくなり、自分自身が石になってしまいました。そして彼は鞍袋を取ると、どこかへ歩いていってしまいました。

 こうした話をすると、人々は笑い飛ばすか、私を語り部だと考え、施し物をくれたりします。


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