人の誕生 

 はじめ大地は干からびていました。水一滴なかったのです。「火」の時代です。

 大地のものほとんどは焼け焦げてしまいましたが、蔓植物が一本、どうにか生き残りました。兄と妹もまたなんとか生き延びました。兄は飢えのあまり倒れてしまいました。もう起き上がろうともしません。しかし見上げると焼けずに残った蔓植物が果実をつけているのが見えました。兄は矢を放って果実を射止め、落としました。兄は果実の半分を妹に分け、自分は残りの半分を食べました。

 このような人間の世界を見て心を痛めた天神グル・リンポチェンは、大地に聖水をそそぎました。すると聖水は大海に変じ、海の中から大きな石があらわれました。大きな石の上には草が生え、どんどん茂っていきました。石もまたどんどん大きくなり、それは陸地となり、山もできていきました。それ以降、陸地には穀物がなるようになり、牛や羊も増えていきました。いっぽう海は引いていき、陸地がより大きくなりました。

 大海のなかに「ドゥパ・ナクポ」という名の黒ブタがいました。このブタがもぞもぞと動くだけで地上には地震や崖崩れが起きました。地震と崖崩れはこのようにして起こるようになったのです。

 はじめ、陸地には人がいませんでした。天神は急いでいたので、こう考えました。

「わしが作った蔓植物の果実をあいつらは分けて食いおった。それなら兄と妹を夫婦(めおと)にしてしまおう」

 しばらくして果実を食べたふたりは夫婦になり、子供がひとり生まれました。この子供は背の高さが一尺しかなく、坐るとこぶしの大きさでした。彼の名はツェレク・ギュパといいました。ツェレク・ギュパは火をおこしたり、水を運んだりしてすごしました。また石を使って木を伐りました。

 天神グル・リンポチェンは子供がとても小さいことに感銘を受け、ふたたび聖水をそそぎました。すると子供はまたたくまに大きくなり、大樹のようになりました。このように高くなったので、何かを食べるとパワーアップして、木を簡単に抜き取ることができたほどです。

 天神グル・リンポチェンは考えました。このように高くて、木のようで、一度食べたらどんなことでもできてしまうなんてことが許されるだろうか、と。彼の力は大きすぎます。このとき以来、人は現在の姿になったのです。