話がわかる猿、人となる
はるか昔、地上には猿がいるだけで、人はまだいませんでした。天神はガゲド・ギェルタン地方に猿を集め、お経を読ませました。彼らを人間に変えようと考えたからです。天神は猿たちを前にして言いました。
「おまえたちは招きに応じてお経を聞きに来てくれた。聞くときは両目を閉じているように。けっしてあけるのではないぞ」
猿たちはそう聞いたので、それぞれがお経をよく聞くために、目をしっかりと閉じました。天神はつづけて言いました。
「いま地上に人はいない。今日、だからおまえたちを人に変えるのだ」
天神がまさにそう言ったとき、一部の猿は自分がどのように人になるのだろうかと気になって、言われたことを忘れて目を開けてしまいました。天神はこうしたことに気づいたのですが、とがめないでお経を読み続けました。天神が読み続けると、目を閉じたままの猿たちはよりしっかりと閉じて聞きました。目を開けたくても開けないで、静かに座っていました。
しばらくして天神は、言いつけを守らないで目を開けた者は柴を拾い、果実や根を集めてきなさいと命令しました。天神はこれらの猿たちが集めてきた柴を燃やし、果実や根を投げ入れました。うまくそれらが焼けると、目を開けなかった猿たちに食べさせました。
数日後、目を開けなかった猿たちの毛が体から抜け落ち、人になりました。いっぽう柴を拾い、果実や根を集めるように命じられた猿たちは、天神から食べ物を与えられなかったので、猿のままでした。この猿たちは現在の猿の先祖です。
地上に人があらわれたあと、人を食べるのが好きな9つの頭を持った化け物のために、人口が増えずにいました。天神は9頭の化け物の腹を破り、化け物が食べた老人や青年、子供らを取り出しました。彼らのために読経すると、天神は青年らを救出しました。人はその後徐々に増えていきました。
それから長い時間がたちました。ある日、天神が人の世界にやってきて言いました。
「人が多くなってたいへんけっこうである。ただし人は組織されていないので、9頭の化け物に抵抗することができない。おまえたちが絶滅しないで繁栄していくことを望むなら、首領を選んで組織をつくらなければならない。そうすれば安心した生活を送ることができるだろう」
人々は天神の言葉を聞き、教えの通り首領を選び、組織をつくりました。
それからずいぶんと時間がたちました。ある日首領が天神に向かって直訴しました。
「われらは首領を選び、組織をつくりました。人の数も増えました。しかし食べるものが少なくて困っています。人の生活はたいへん困難です。いったいどうしたらいいのでしょうか」
天神はこたえました。
「ではわしはおまえらにブタを与えよう。ブタを山の上に放つぞ。ブタを狩って殺して肉を食えばいい。また牛を与えよう。牛を用いて田を耕し、種を植え、穀物を育てるといい。それがさぼって働かないときは、殺してその肉を食えばいい。またニワトリを与えよう。このニワトリたちは神の薬酒を盗んで飲んだので、人が病気になったり、身体が虚弱なときは、これを用いて神霊を祭ったあと、食べればいい。滋養強壮にもなるだろう。おまえたちは野獣の肉が好きなようだから、犬を授けよう。それは野獣を狩猟するときに助けてくれるだろう。わしは水中に魚を放とう。おまえたちは釣りをするなり、刺したり、矢を放ったり、網でとらえるなり、好きな方法で捕らえるがいい」
天神は人々を守るため、つねに9頭の化け物の腹の中に隠れるようになりました。ある日天神はメンベンタンに住むメンパ人たちに向かって言いました。
「おまえたちは北方から来てここに住むようになった。おまえたちはいつもわしに守ってほしいと願っているようだな。それならば毎朝早く起きて、太陽に向かってベーシ・グルという真言を唱えるのだ。夜にも、寝る前にもう一度唱えるといい。こうすればいつも平和で、死んだのちには魂も天界に行くことができるだろう」
このとき以来、朝と晩にお経を唱える習慣ができたそうです。