セリン魔湖の形成 

 ナムツォは天(ナム)の湖(ツォ)という意味で、セリンツォことセリンドゥツォは、黄洲(セリン)魔(ドゥ)湖(ツォ)という意味です。またキャルリンツォは遊泳(キャル)長い(リン)湖(ツォ)という意味です。

 なんと奇妙な名前でしょう! このような美しい湖になぜこんな名前がついたのでしょうか。チベット北部にはこの三湖の名前についてつぎのような由来が知られています。

 むかしむかし、ドゥルン・デチェン地方にセリンという名の悪魔が住んでいました。この悪魔は山のように背が高く、おなかは深い谷より深かったのです。

おなかが満たされないときは、毎日おびただしい数のいきもの、つまり小は小鳥から大は人間までを食べていたのです。とても残酷でした。

 のちに、慈悲深い蓮華生(パドマサンバヴァ)が人間世界に降臨されてこのことを知ると、無辜なる生きとし生ける者を非常にあわれに思われ、民のためにこの悪魔を退治する決心をしました。

蓮華生はドゥルン・デチェンにやってくると、セリンを探すために、悪魔と戦う法術を実施しました。何十回も苦しい戦いを繰り広げるうちに、セリンはだんだんと抵抗する力を失い、ついには北のほうへ退却していきました。蓮華生は手を緩めずに、セリンを追っていきました。

 セリンはあわてて北方のチャンタン高原へ逃げていきました。どこかだれも探し当てられないところに身を隠そうと思いました。すると目の前に青い美しい湖があらわれたのです。セリンは湖にもぐって湖底に達しました。しかし湖水は鏡のように透明で美しく、湖底から天空が見えるほどでした。そのため「天湖」(ナムツォ)と呼ばれるようになりました。ここではとうてい身を隠すことなどできません。それでセリンは湖から飛び出して、ふたたび北方へ逃げていきました。蓮華生はそのあとを追っていきました。

 セリンはシェンザの東に到達したとき、目の前にある湖に飛び込みました。しかしこの湖は浅く、この巨体を隠すことはできません。そうするうちに、蓮華生が湖岸に達しました。セリンには振り返る時間もなく、彼岸までひたすら泳いでいきました。このことにちなんで「長泳湖」(キャルリンツォ)と呼ばれるようになったのです。

 セリンは命からがら逃げて、ガンニ・チャンタンにたどりついたとき、目の前に大きな湖がありました。湖は深く、色は濁っていましたが、身を隠すにはちょうどいいと思いました。そうして湖に飛び込んで、湖底に達すると、その姿は見えなくなりました。

 蓮華生は湖岸にやってくると、もとから住んでいる7つの精霊を呼び出しました。そして永遠にセリンが外に出てこないように岸から見守ることを命じたのです。このことにちなんでこの湖は「セリン魔湖」と呼ばれるようになったのです。

 セリン湖の南岸の砂浜に7つの岩山があります。それらは日夜見合う海を見守っている7人の勇士のように見えるのです。これらは7つの精霊の化身なのです。