猟犬変じて狩人の守護神となる
むかし、狩人がいました。狩人には美しい妻と忠実な猟犬がありました。
ある日、妻は夫に言いました。
「地上の動物の肉は食べあきてしまいました。どうか天上の動物の肉を食べさせてください。骨のある動物も食べあきたので、骨のない動物の肉を食べさせてください」
「おまえ、頭がどうかしたか?」狩人は目を丸くしました。「おれは地上の狩人だ。どうやって天上の動物を狩るというのだ?」
「それなら、もういいわ!」と妻は口をとがらせます。「わたし、出ていくわ。あなたは犬と暮らせばいい」
狩人はどうしようもなく、じぶんの猟犬を探しだすと、言いました。
「友よ、わが女房にはどうやら魔物がいついてしまったようだ。天上に住む骨のない動物が食べたいんだとよ。わけがわからんが、おまえ、助けてくれよ」
「ご主人さま」と猟犬はこたええます。「天上にはサジェン・ラーフラという骨のない動物がいます。この獣は昼間太陽を食べ、夜は月を食べるのです。私がこいつを追い立ててみせますから、あとは、ご主人さまの肝がすわっていれば、射(い)殺せばいいだけなのです」
「わかった、では追い立ててくれ。かならず射殺すから」
猟犬は主人に別れを告げ、それからピョンとはねました。そしてピョン、ピョン、ピョンと、だんだん高くまで跳びあがり、ついには光の中に消えてしまいました。
しばらくすると、雲の間からガウウ、ガウウという犬の唸り声が聞こえ、天空に響き渡りました。
そこには天幕ほどの大きさの巨大なラーフラがいました。それは追い立てられて天空の中央までやってきました。さらに黄色い雲と黒い雲の下にまで追い立てられました。さらには雪山や岩山の頂上に、そして樹木や草に満ちた地上に追い立てられたのです。
ラーフラは地上で何度も転がりました。何度も長くほえました。ライオンはおどろいて雪山に隠れました。虎はおどろいて森に隠れました。猿はおどろいて木の下に隠れました。狩人はまだ弓を放つことができません。ラーフラはなんとか天上まで逃げることができました。
何日かたって、妻は夫に言いました。
「地上の動物の肉は味がありません。どうか天上の動物の肉を食べさせてください。骨のある動物の肉は味がしないのです。骨のない動物の肉を食べさせてください」
「おまえは見なかったのか」狩人はほんとうに怒って言いました。「三日前、おれはそれを手に入れようとしたが、うまくいかなかったのだ」
「天上の骨のない動物を倒せないなんて、狩人といえるの?」妻は夫が怒っていようと、いまいと気にしていませんでした。「わたしは出ていきます! 犬といっしょに暮せばいいわ」
狩人はどうしようもありませんでした。猟犬のところにいって、また助けを求めました。
「ご主人さま、こんどラーフラを射止めることができなかったら、もう二度とお会いすることができないでしょう」そう言って犬は涙を流しました。
「ほんとうにおまえはたいへんだなあ」狩人は困難を感じました。「でもなんとか追い立ててくれ。こんどこそ射止めるから」
猟犬はクーンと長く鳴き、それからまたジャンプしながら白雲のなかに消えていきました。すぐにどこかから「ガウウ、ガウウ」という声が聞こえ、天空いっぱいに響き渡りました。
すると天幕ほどの巨大なラーフラが姿をあらわしました。それは天空の中央にまで追い立てられました。つぎに黄色い雲と黒い雲の下に追い立てられ、さらに雪山と岩山の頂上、そして岩と樹木が多い大地に追い立てられました。
狩人は矢を放ちましたが、当たりませんでした。また射ましたが、あたりませんでした。さらにもう一度。こんどは当たりました。射止められたラーフラはあばれています。地上をゴロゴロ転がると、しだいに大きくなり、山のようになりました。いや山よりも大きくなったのです。
ラーフラは10の口をいっせいにあけていました。それぞれの口が雷のような声を発しています。ラーフラは100の目をいっせいにあけていました。それぞれの目が炎を出しています。火炎が吹きつけられたので、狩人は意識を失ってしまいました。彼はもう何も見ることができませんでした。
狩人が目を覚ましたとき、太陽はかわらず輝いていました。山や森はそのままで、川ももとのままです。でもラーフラの姿はありませんでした。猟犬の姿もありませんでした。近くには血だまりがありました。また猟犬の毛や爪が残っていました。
狩人は悲痛に暮れました。猟犬を失い、眼球を失い、両手を失い、魂までも失っていたのです。彼はもう動物を狩ることができなくなっていました。動物を追えないだけでなく、基本的なことができなくなっていました。
彼は猟犬の爪と毛をもって、その忠実な動物の居場所を探し回りました。彼は山をいくつも越え、急流の皮をいくつも渡り、叫んでまわりました。
「猟犬よ、もどっておいで!」「友よ、もどっておいで!」
彼は雪山の麓すべてを探しましたが、見あたりませんでした。猟犬の姿はまったくありませんでした。「ガウウ」「ガウウ」という声も聞こえません。足がしびれて彼はもう歩けなくなりました。のども痛くなり、声が出なくなりました。ほかに方法もなく、彼は家にもどりました。家にもどったあとも、表に出ては「猟犬よ、もどっておいで!」「友よ、もどっておいで!」と叫びました。
ある夜遅く、狩人が囲炉裏で火にあたっていると、突然どこかから猟犬の「ガウウ」「ガウウ」という声が聞こえてきました。狩人は喜んで家の中や外、屋根の上まで探しましたが、その姿を見つけることはできませんでした。影も形もないのは、どういうことなのでしょうか。奇怪なことだと考えていると、耳元で猟犬がささやいてくるのです。
「ご主人さま、私はあなたを見ることができます。あなたの声を聞くことができます。ラーフラは私の骨と肉を食べてしまいました。しかし魂までは食べなかったのです。わが魂は艱難(かんなん)をのりこえて、やっとご主人さまの近辺に来ることができました。またあなたさまのそばにいたいのです。あなたさまが山にのぼるときは、私がかわりに安全な道をお教えします。川を渡るときも、あなたさまのかわりに浅瀬を教えてさしあげます。狩りをするときも、あなたさまのかわりに獲物のあとを追います。野牛が雪のなかに逃げ込んでも、ヤギが崖に、猿が木の上に逃げても、心配するには及びません」
このとき以来、猟犬の魂は家の中、とくに囲炉裏の石にいて、狩人のかまど神および守護神となったのです。狩人がその助けを必要としたときは、ガマ樹と巴樹の葉を燃やせばいいのです。猟犬の魂がどこにあろうと、いざとなれば駈けつけてくれました。こうして狩人はほんとうの狩人になりました。