ラレギャ王子の復讐
ディグン・ツェンポが殺されたあと、ロンガム・タジが王位につきました。彼は冷酷で残虐な人間で、ディグン・ツェンポの家族や家来らを迫害しました。ディグンの王妃もまた自由にさせませんでした。王妃ルサメジャンはヤラシャンポ雪山の奥の寒冷な地域に放逐されたのです。
ある日ルサメジャンは馬の群れをおって、山の上のほうへ来たとき、心労と肉体的疲労がたまったせいか、地面の上で眠ってしまいました。夢の中で、白い頭巾をまとい、羊毛の衣を着た、白いヤクに乗った美青年と会いました。
青年は彼女に向かってほほえみました。彼の歯は白い法螺貝とおなじように真っ白でした。王妃は彼のとりこになり、情をおさえきれず、その懐に飛び込んでしまったのです。彼女はとても幸福なときをすごしました。
しばらくして目が覚めると、美青年の姿はありませんでした。遠くのほうを一頭の白ヤクがゆっくりと歩いていくだけです。そのヤクは、最後に雪原のなかに消えてしまいました。
しばらくすると王妃のおなかはしだいに大きくなっていきました。9か月の妊娠期間が過ぎた十月のある日、彼女は大きな血球を産み落としました。王妃はこれをどうしようかと悩みましたが、大きな野牛の角のなかに隠しました。そこは馬小屋の母馬の近くでした。血球は母馬に接していたので、体温によってあたためられ、しだいに膨張し、ついには爆発しました。なかからあらわれたのは、きれいでかわいい子供でした。彼は王妃を見るなり口を開きました。
「お母さん、ぼくはあなたの子です。神変の子です。仇敵を征服する偉丈夫です。近しい人を保護する救世主です。つまりチベットの王室の後継者なのです」
王妃はそれを聞いてとても喜び、その子にラレギャという名を与えました。牛の角から生まれ出た子供という意味です。
ラレギャが10歳のとき、まわりの人だれもが父親や兄弟をもっているのを見てうらやましく思い、母親にむかってたずねました。
「お母さん、みんな父親や兄弟がいるのに、どうしてぼくだけいないの?」
ルサメジャンはこたえました。
「ラレギャ、あなたには当然お父さんがいます。ディグン・ツェンポがあなたのお父さんなのです。でもいま玉座にすわっているロンガム・タジに殺されました。あなたには3人の兄弟がいます。でもロンガムによって都から追放され、コンポの森の中で流浪の生活を送っているのです」
ラレギャは母の言葉を聞いて、父の遺骸とばらばらになった兄たちを探しに行く決心をしました。父の遺骸がコンポ地方にあると聞いていたので、まずコンポへ行きました。
ところが遺骸を保管している家にたどりつくと、そこの主人はタダではあげられない、16歳の瞳がカラスのように黒い少女となら交換しよう、というのです。ラレギャはさまざまなところで少女を探したのですが、ガンパユルという地域で、ガルマという名の目が黒くてきれいな少女を見つけました。話し合いをしようと彼女の父親に会うと、父親は言いました。
「わしの娘がほしいというんだな。それなら人の体とおなじくらいの大きさの黄金を持ってこい」
ラレギャはっその条件に同意しましたが、ひとまず少女を連れ出し、後日黄金を渡すという約束を取り付けました。
彼は許可を得て少女を連れ、遺骸を保管する家を訪ねました。家の主人はおおいに喜び、数人の使用人に命じて遺骸の運搬を手伝わせました。
運搬している途中、遺骸が入った銅の箱(棺)から声が聞こえてきました。奇妙なことだと思って箱を開けさせると、遺骸の口から突然「ア、レ、レ」という声が発せられたのです。このとき以来、この地はアレワタン、すなわち呻吟の地と呼ばれるようになりました。
この一行がチャンモチャンキョン山の山頂に達したとき、突然天空に金色の筋の閃光が出現しました。金色の筋はゆっくりとツェンポの遺骸のなかに溶け込むように入っていきました。それ以来人はこの地方をナムラセルティ、すなわち天神の金色の光線と呼ぶようになりました。
天縄と天梯子はすでに断ち切られていたので、それらを使ってツェンポを天界に送ることはできなかったので、ラレギャと同行の者たちはヤルルン地方のチンユルタタンに埋葬しました。
彼は雪辱を晴らす決心をかため、都にやってきて、ロンガム・タジに接近しました。彼の信任を得て、機会を待ったのです。
ある日、彼は毛並みが美しい犬を探し出し、毛の上に毒を塗布し、ロンガム・タジに贈りました。彼は犬がとてもきれいでかわいかったので、たいそう喜び、なでまわしました。すると毛に塗った猛毒が彼の体内に入り、またたく間に命を奪ったのです。
このあとラレギャは、ロンガム・タジが居住していた山城の向かいの頂の鷹の巣のなかに身を隠しました。彼は神変の地からを用いて山城の頂に飛び、ロンガム・タジの部下の兵士たちを全員殺し、城全体を破壊しました。
ラレギャは両親や兄弟たちのかわりに雪辱をはたすことができました。彼は人をコンポ地方に派遣し、3人の兄たちを迎え入れようとしました。長男と三男は、しかしヤルルンに戻ろうとはせず、パウォ王の二男チャティだけがヤルルンにもどり、王位を継承しました。彼が8代目ツェンポ、プデ・ゴンギェルです。
国王の座についたチャティは、ラレギャにたいして感謝の気持ちでいっぱいでした。
「おまえはわたしとくらべてずいぶんと若いが、わたしの弟である。おまえの心配りによって、わたしは王になることができたのだ。しかも父の遺骸まで取り戻してくれた。世の人々は尊卑を問わず、だれもがおまえを敬服している。よって、アクラポミンソン(人々が敬服する神の子の叔父)という称号を授けよう」
ラレギャの恩義に報いるため、国王はさまざまな贈り物を授け、大臣に封じ、母親のルサメジャンを王宮に呼び寄せました。またラレギャは、約束通り、カラスのような黒い瞳の少女の父親に、人の体ほどの大きさの黄金を贈りました。
ラレギャが大臣に就任して最初緒におこなった事業は、ロンガム・タジの城の土や石、木材などを使ってあたらしい王宮であるチェンワダツェ宮を建てることでした。全力で王の治政を手伝うだけでなく、人々が平安に暮らせるよう尽力しました。こうしてヤルルン部落はしだいに盛んな国となっていったのです。