文成公主チベットへ行く 

ガル・トンツェン率いる使節団、長安に到着 

 昔、ソンツェン・ガムポという名の少年のチベット国王がいました。彼は13歳のときに国王の座についたのです。そのころチベット人はみな獣の皮をまとい、牛の肉とチーズを食べ、乳を飲んでいました。ソンツェン・ガムポも同様の生活を送っていました。こんなチベットをどうしたら繁栄させることができるのでしょうか。ソンツェン・ガムポと大臣たちは何度も話し合いましたが、なかなかいい方法を見つけることができません。

 のちにガル・トンツェンという大臣がソンツェン・ガムポに言いました。

「王様、聞くところによりますと、東方の大唐という国の皇帝にアチェ・ギャサと呼ばれる公主がいるそうです。公主は長ずるとそれはたいそう美しくなり、性格も善良で、しかも聡明で、皇帝にも愛されているとのことです。すべての国がこの公主を娶りたいと考えるのは当然でしょう。唐はとても栄えた豊かな国です。国民の生活もとても高いのです。もしアチェ・ギャサを王様の妃に迎えることができるなら、国がどうしたら栄えるか、その方法をもたらしてくれるでしょう。チベットの繁栄は疑いようがありません」

 ソンツェン・ガムポ王と大臣たちはガルの言葉を聞いておおいに喜びました。みんなで話し合い、唐朝に求婚を申し出るための使節を選ぶことになりました。そして喧々諤々(けんけんがくがく)の論議のすえ、正使をガル、副使をツェテン・ルンポとすることに決定しました。

 ツェテン・ルンポは心がけのわるい人間でした。はじめ彼は自分の娘をソンツェン・ガムポ王に嫁がせたいと思っていました。そのため国王の寵愛を得るためにあらゆる手段を講じるつもりでしたが、国王がアチェ・ギャサを王妃に迎える決心をすると、嫉妬心がめらめらと燃えてきたのです。反対意見を提出したかったのですが、それもまたみっともないと考えなおし、求婚することを積極的に支持したのです。ただしいつか機会がやってきて、自分の思い描いたようになると打算的に考えていました。

 ガル・トンツェンとツェテン・ルンポは出発するとき、ソンツェン・ガムポ王に向かって告辞を述べました。ソンツェン・ガムポは瑪瑙(めのう)などの宝で飾った帽子をガルにわたしながら言いました。

「アチェ・ギャサに求婚を申し込むとき、この宝の帽子を用いなさい。これを皇帝に献じてわたしの誠意をしめすのです」

 そして国王は歌いました。 

ガル・トンツェンよ 

おまえは唐へ向かって飛んでいくわが目玉である 

唐の皇帝に会ったらこの宝の帽子を献じなさい 

心の底からアチェ・ギャサが来ることを願っていると伝えなさい 

それは宝の高原に降る慈しみの雨のようであると伝えなさい 

 ガル・トンツェンは感動して返答の田をうたいました。

英雄のチベット王よ 

あんたがおっしゃttことは記憶にとどめます 

あなたの誠意をもって唐へ行ってきます 

チベット高原の繁栄と幸福のために 

どんな艱難にも負けずに尽力してくる所存です 

 ソンツェン・ガムポはガルの決意を聞いてとても喜びました。そして3つの密書をガルにわたしながら言いました。

「おまえが行く長安はすこぶる遠く、行ったり来たりすることはできない。もし唐の皇帝が何かいいがかりをつけてきたら、この書をわたしなさい。そしてその回答をそのなかに書きなさい」

 ガルとツェテンのふたりはあソンツェン・ガムポ王に別れを告げると、百人の随行をつれ馬に乗って出発しました。

 高く危険な山をいくつも越え、激流の川をいくつも渡りました。さあ行け! くじけるな! ガル・トンツェンは号令をかけ、叱咤激励し、ようやく一行は唐の都、長安(原文は北京)に到着しました。

 長安に着くと、彼らはアチェ・ガンモという名(チベット名に置き換えられている)のアマの家に逗留しました。アマにはラプデン・チュニという名の娘がいました。彼女はアチェ・ギャサのそばにつかえる侍女で、アチェ・ガンモはしっかりした人でした。彼らがチベットから来た使者であると聞き、見るとガルの態度、ふるまいはすばらしく、誠実だったので、てあつくもてなすことにきめたのでした。

 何日かすぎたころには、ガル・トンツェンはすでに4つの国が唐に求婚していることを学びました。東方の英雄の国の使者、南方の仏教国の使者、西方の宝の国の使者、北方の遊牧の国の使者の4人が使わされていたのです。

 各国の使者とも郷土のめずらしい贈り物を持参していました。もしアチェ・ギャサを迎えることができたら、どれほど国が栄えるだろうかとみな心の中で想像していました。皇帝はすでに彼らと謁見していましたが、どの国に嫁がせるかは決めていませんでした。

 ガル・トンツェンはこうした状況を知り、あせりを覚え、副使ツェテン・ルンポにむかって言いました。

「求婚のために来ている使者のなんと多いことか! われらはそんなにあわてて皇帝に接見するべきではないな。もう席がないかもしれない」

 ツェテン・ルンポは求婚者の数が多いと聞いて、かえってうれしく思いました。

「急いだところで何がかわりましょうか。ゆっくり行きましょう」

 ガル・トンツェンは彼が関心を示さない様子を見て、なにかを話したところでなんの役にもたたないと思いました。しかし最終的にはチベットの国王の使命を果たさねばならないのです。