使者ガルワ、知恵比べを勝ち抜く 

 またたく間に三日がたちました。

 トン、トン、トンと鐘が三度鳴ると、皇帝が殿上に上がりました。各国の使者たちは殿下にすでにならんでいます。ガルは最前列に立っていました。

 使者たちが礼拝すると、皇帝は鷹揚にのべました。

「各国の使者のみなさん、どうかお座りください。みなさんの国王の誠意に感謝いたします。しかし朕(われ)の娘はひとりであり、5人の国王のもとに嫁入りするわけにはいきません。そこでみなさんの知恵くらべをすることにしました。大臣の知恵のほうが大きいかもしれないし、王子が英明かもしれません。さあ、どうですかな」

 各国の使者はみな同意しました。もっとも、ある遊牧国家の使者は納得していなかったのですが、人前で弱さを見せるわけにはいかないので、しぶしぶ同意したのですが。

 皇帝は言いました。

「わが馬小屋には100頭の母馬がいて、それぞれが1頭の子馬を生む。子馬がどの母馬から生まれたか、どうやったら見分けられるかをこたえなさい。三日後に解答を示してもらおう」

 使者たちはこの難題をもちかえり、眉にしわを寄せて必死でどうしたらいいか考えました。

 この三日間、使者たちはじっとしていることができず、なかには馬小屋のまわりをうろうろして方法を探す者もいました。ガル・トンツェンも急ぐ気持ちにかわりはなかったのですが、まずほかの使者たちの様子を探って、それからどうすべきかゆっくりと考えることにしました。

彼が馬小屋に行ってみますと、仏教国の使者がなにやら忙しそうにしていました。彼は馬の耳の長さがおなじものを選んであわせて、母子の判別をしようとしたのですが、うまくいきませんでした。英雄国の使者は馬を押して走らせ、その姿勢がおなじ子馬を探して母子の判別をしようとしましたが、やはりうまくいきませんでした。財宝国の使者は毛の色がおなじ子馬を探し出していっしょに走らせたのですが、失敗しました。遊牧国の使者はどうしてもいい方法を見つけることができず、なつめ色の大きなラバが気に入って眺めていました。

 ガルはほかの使者たちがうまくいかないのを目の当たりにしたのですが、自分もまたいい方法を見つけることができませんでした。そこでふたたびアチェ・ガンモの家を訪ねました。アチェ・ガンモは彼が思いつめているのを見て、その理由をきくと、いくつかのアドバイスを与えました。

 翌日、ガルはアチェ・ガンモからもらったアドバイスにしたがって、カタ(吉祥のスカーフ)をもって馬飼いのゴンガ・ダワを訪ねました。ガルは彼に会うと、さっそく本題に入りました。

「わたしはチベットの大臣です。きくところによれば、あなたはチベットへ行ったことがあるとのこと。そのよしみで、どうかこのわたしを助けてください。馬の母子の見分け方を教えていただきたいのです」

 ゴンガ・ダワはなぜそんなことをきくのかとたずねたあと、言いました。

「見分け方というものはありません。ただし、つぎの方法をためす価値はあるでしょう。まず馬の群れのなかにはいって鞭をふりまわしてください。そのあと、母馬を強く鞭で打ち、それから子馬を軽く打つのです。そうすると、母馬は自分の子供をたいへん愛しているものですから、自分の子供のところに駆け寄っていくでしょう」

 ガルはそれを聞いて納得し、ゴンガ・ダワに礼を述べてもどりました。

 難題知恵比べの日がやってきました。皇帝、皇后、大臣らがあつまり、広場の中央の壇上にすわりました。広場の周囲には旗がはためき、楽隊の演奏が派手に開会を知らせました。そうして知恵比べがはじまりまったのです。

 まず仏教国の使者が、ついで英雄国、そして財宝国の使者が挑みました。彼らは自分たちなりの方法で母子の馬を見分けようとしましたが、だれもうまくいきませんでした。遊牧国の使者も馬の群れのなかを一周まわっただけで、母子ごとに分けることはできませんでした。

 最後に登場したのがガル・トンツェンです。彼はゴンガ・ダワに教えてもらった方法によって母子の馬をうまく分けることができました。

 皇帝は自分の馬が鞭で打たれるのを見ると、心痛く思いましたが、それはガル・トンツェンの聡明さをあらわすものだったので、怒ることはありませんでした。

 ガル・トンツェンが勝利を報告するため皇帝に近づくと、皇帝が言葉を発しました。

「これは第一次試験にすぎない。100羽のニワトリが卵を産み、孵化してひよこになります。これもまた三日後に母と子ごとに分けなさい。これが第二次試験です」

 三日後、各国の使者は広場にあつまり、知恵比べに参加しました。仏教国の使者は母鶏をつかまえると、自分の子供をもとめて鳴きわめきました。英雄国の使者はひよこをつかまえて母鶏のおなかの下に行かせようとしました。財宝国の使者は母鶏とひよこをいっしょにつかまえ,無理やりくっつけようとしました。遊牧国家の使者には、やはりいい考えのひとつも浮かんできません。

 最後はガル・トンツェンの番です。彼はまず地上に酒粕をまきました。するとひよこと母鶏はあらそってそれをついばみます。それから彼は一本の柳の枝をたらし、振り回しながら、ニワトリの鳴きまねをしました。酒粕をついばんでヨタヨタしているニワトリの群れを見て、鷹がおそってきました。ひよこはチッチッと鳴き、母鶏はクックッと鳴き叫んでいます。こうしてひよこはみな自分の母親の胸の下にもぐりこんできたのです。またもガル・トンツェンの勝利でした。

 まわりの熱狂的な人々は、ガル・トンツェンがとても聡明であることを認識するようになりました。喝采は一段と大きくなってきています。皇帝や大臣たちのガルワを見る目も変わってきました。

 ガル・トンツェンは壇上にあがると皇帝に拝し、婚姻に関する希望にこたえてくれるようお願いしました。皇帝はしばらく考えてから言いました。

「ふたつの試験によって本当に知恵のある人物を探し出すのは困難である。朕(われ)はさらにいくつかの試験を課したいと考えておる。そなたたちも準備怠りないように」

 第三次試験では、使者たちに100本の丸太をわたし、両端をそろえてもらいます。どちらが木の上のほうで、どちらが根に近いのか、見ただけではよくわかりません。その見分け方を考えるのです。

 各国の使者は丸太をひっくりかえしながらいい方法はないかと考えています。重さをはかる者もいれば、さわる者もいます。秤(はかり)を用いる者もあれば、定規を用いる者もいました。しかしだれも丸太のどちらが上でどちらが下か、識別する方法をあみだした者はいません。

 ガルただひとりが解決策を考えつきました。人を呼んで丸太を背負ってもらって川辺に運んでもらいます。そして川に流してもらうのです。丸太の一部は水中に沈んだままですが、大半は水から出ています。「水に沈んでいるほうが根に近いのです」とガルワは言いました。ガル・トンツェンはまたも勝利をおさめたのです。

 ガルが求婚の話を提議する前に、皇帝は話し始めました。

「勝利をおさめた者も喜ぶのははやいぞ。負けた者もあきらめるにははやすぎる。ここに曲がりくねった穴のあいた宝石があります。ここにやわらかい絹の糸を通してください」

 使者たちが見ると、宝石の穴は螺旋形をしています。これに糸をどうやって通すというのでしょうか。仏教国、英雄国、財宝国の使者たちは汗をかきながらなんとか通そうとしたのですが、うまくいきませんでした。遊牧国の使者はしばらく宝石をもって遊んだあと、それをガルに手渡しました。

 こんどばかりは頭をいくらひねっても、いいアイデアはなにも出てきません。そこでガルは近くの花園に行き、散歩しながら考えてみました。見ると一匹の大きなアリが小さなアリの群れをつれてぞろぞろと、がれきのなかを進んでいくのです。アリたちは穴を抜け、冬に食べるものを運んでいたのです。ガルはにっこりと笑いました。いい方法が思い浮かんだのです。

 ガルはまず一匹のアリをつかまえました。そしてそのアリに何度かハチミツを食べさせ、糸をその後ろ足にゆわえました。宝石の穴の一方の端にハチミツを塗り、もう一方の端にアリをはなちました。ハチミツの香りにひかれたアリは糸をつけたまま、穴を通ってもう一方の端に到着し、ハチミツを食べました。

そのときアリのおなかは大きくなっていたので、これ以上進むことができなくなりました。ガルはあせってアリを外側に引っ張ってしまいました。アリの腰は引っ張られたものの、ちぎれることはありませんでした。このとき以来、アリの腰は細く、おなかは大きいのです。*アリの形状の由来 

 ガル・トンツェンは喜び勇んで、糸を通した宝石をもって、皇帝の前に参上しました。

「小生(わたくし)、4つの試験すべてに勝つことができました。つきましてはぜひアチェ・ギャサさまをわれらの国王のもとに嫁がせていただきたい」

 区丁は宝石を受け取りましたが、ほかの国の使者たちを前にして言いました。

「これまでの試験はそんなにむつかしくなかった。つぎの試験は公主本人に登場してもらう。知恵比べの当日、150人のおなじ装束の美女がならぶであろう。そのなかにわが娘もまじっておるのだ。美女のなかから公主をみつけることができたら、その国の王に嫁がせるとしよう」

 ほかの国の使者たちは、もう一度機会が与えられると聞かされても、すっかりしらけてしまっていました。どうやってもガル・トンツェンにはかなわないことを知っていたからです。とはいえ最後に幸運がめぐってくるということもあります。

 このときガルはガルワで、自信喪失気味でした。アチェ・ガンモはその様子を見てこう言いました。

「見分けるのはそんなにむつかしいことではありません。わが娘ラプデン・チュニは毎日アチェ・ギャサさまとすごしているのです。アチェ・ギャサさまがどんな様子であるか、娘から聞けばいいのですよ。これで簡単に見分けられるでしょう」

 ガルはアチェ・ガンモの言葉を聞いて小躍りしました。しかしよく考えてみればそんなに簡単なはずもないのです。彼は言いました。

「朝廷の規則はたいへん厳格だと聞いています。ラプデン・チュニさんはほんとうのことを教えてくれるのでしょうか」

「あなたが誠意を見せて、娘の心を動かせば、問題ないでしょう」

 アチェ・ガンモは、偽って家にもどるようにという内容のメッセージを娘に伝えました。

 娘がもどると、アチェ・ガンモは言いました。

「娘よ、ガル・トンツェンさんは千里の道をはるばるやってきたおかただ。それもチベット国王が唐の公主を娶りたいという意思を伝えるためである。しかしいまガルさんは厄介な事態に直面している。どうか助けてやってくれないかな」

 アマは三日後に知恵比べの試験として、アチェ・ギャサを見分けるという難題が出されたことをラプデン・チュニに説明しました。ガルワも必死に助けをもとめました。

 ラプデン・チュニはとまどいながら言いました。

「助けるべきだと思います。でも、もし皇帝がこのことを知ったら、たいへんなことになってしまいます」

 ツェテン・ルンポはガル・トンツェンがつぎつぎと勝利をおさめるのを見て、嫉妬心をいだくようになっていました。ラプデン・チュニの話を耳にすると、この機会を利用して口をはさんだのです。

「わたしの考えでは、軽々しく引き受けるべきではないですね。うまく見分けることができたら、それはチベットの幸運ということです。もし見分けられなければ、命運が尽きたということでしょう」

 ガルワはあいた口がふさがりませんでした。怒りがこみあげてきました。ラプデン・チュニとアマは目配せして意思を交換し、ガルワが困っている様子を見て、すぐに彼を助けることにしました。彼女はガルワの桃元でささやきました。

「アチェ・ギャサの顔は蓮の花のようです。肌は象牙のよう(に白い)です。眉と眉のあいだには朱砂のように赤いあざがあります。左肩にはつねに金色のミツバチが弧を描いて飛んでいます。からだからは、えもいわれぬよい香りが漂ってきて、何歩か離れてもかぐことができます。当日は、50歩目に立っているのがアチェ・ギャサです」

 ガルは聞いたあと、何度も彼女に礼を述べました。

 公主を見分ける知恵比べの日がやってきました。この日はこれまで以上に白熱し、盛り上がりました。大臣全員はもちろんのこと、国民もみなこの知恵比べを見にあつまったのです。広場は人で埋め尽くされ、まるで海のようでした。

 アチェ・ギャサはもう何日ものあいだ、落ち着くことができませんでした。どこの国に嫁ぐことになるのかわからないので、それは当然のことでしょう。彼女はソンツェン・ガムポ王がほかの国の王子とくらべても英俊さにおいてまさっていると聞いていて、できればこの王のもとに嫁ぎたいと思いましたが、一方でチベットがはるかに遠く、高山で、土地が荒涼としていることも聞いていたので、そこに行くのはとても心配でした。彼女の心は散乱する羊毛のようにかき乱れていました。

 彼女はいつものように着飾り、香を焚き、祈りをささげました。このあと宮廷の美しい女たちといっしょに広場に入場しました。

 壇上には皇帝、大臣ら、各国の使者たちが坐っていました。壇の下を練り歩く着飾った美女たちはまるで天女のようでした。このなかに公主がまじっているのですが、どうやって見分けるというのでしょうか。

 英雄国の使者は心の中で思いました。公主は当然至上の存在ですから、いちばん前にいらっしゃるであろうと。それで先頭の人をとりおさえて「このかたが公主さまにちがいない」と叫んだのです。もちろんそうではありませんでした。

 仏教国の使者は口の中でぶつぶつマントラをつぶやきながら、21番目の人をおさえました。その女性は公主ではありませんでした。

財宝国の使者は、宝石を選ぶように公主を選びました。ひとりひとり比べて慎重に選んでいったのですが、まちがっていました。

 遊牧国の使者は美女があまりにたくさんいるので、圧倒されてしまいました。識別などできないので、美女をいい加減に指したのですが、ちがっていました。

 ガル・トンツェンは急がず、あわてず、自分の番を待っていました。その様子は学識のある学者のようで、頭を低くし、声を出さないようにしていました。彼は胸に大きな鏡をかかげていました。彼は美女たちをながめ、そして前から数えていき、50番目の女性がラプデン・チュニの描いたとおりであることを確認しました。たしかにミツバチが舞っています。眉のあいだに赤いあざがあり、なみはずれた美しさに紅一点をそえていました。彼は純白のカタ(吉祥のスカーフ)を取り出して、彼女の前に歩み寄り、彼女にかけました。そして言いました。

「わたくしガル・トンツェンがアチェ・ギャサさまをおつれして、幾千の山を越え、万水を渡り、われらチベットの国へとご案内いたします」

 アチェ・ギャサは驚き、あわてましたが、見分けることができたのがチベットの使者だけだったので、とてもうれしく思ったのです。

 壇上の人々もみな驚きました。しかしガル・トンツェンが聡明であることにだれも異論はありませんでした。このとき群衆のあいだから歓喜の渦が起こりました。そのなかにはアチェ・ガンモの姿もありました。

 皇帝は奇妙なことだと思いながらも、ガル・トンツェンがなみはずれて聡明であることがわかり、たいへん喜ばしいと思いました。ソンツェン・ガムポも同様に聡明であろうという確信をもちました。そして、アチェ・ギャサはチベットへ嫁ぐことになったと宣言しました。そしてほかの国の使者たちに言いました。

「わが娘はチベットの使者によって見分けられた。それゆえチベットの王ソンツェン・ガムポのもとに嫁ぐことになった。しかしわれらの国とそなたたちの国の友好関係に変わりはない。もし望みであれば、これらの美女のなかから選んで、本国に連れて帰ってもいいのだぞ」

 ほかの国の使者たちは感激し、美女をつれてそれぞれの国にもどっていきました。