頭に角が生えた国王 

 チベット人はみな笛を吹くのが好きです。羊飼いは笛を吹くのが好きです。放浪者は笛を吹くのが好きです。出家した僧侶も笛を吹くのが好きです。人々はどうして笛を吹くのが好きなのでしょうか。これに関する物語が伝わっています。

 遠い昔、ランダルマ王がチベットを統治していた頃のことです。この頃にはすでにソンツェン・ガムポ王の時代はずっと昔のことになっていました。

 ランダルマは正直な人ではありませんでした。心は氷のように冷たく、キツネのように狡猾でした。そのやり口はオオカミと同様で、残忍そのもの。貪欲さは海のようで、満たされることはありませんでした。彼が国王の座に就いて以降、労役は厳しくなり、人間というより石ころのような扱いを受けるようになりました。疫病がはやり、山崩れや嵐による被害があいついだのと重なって、人々はひどく苦しんだのです。

 あるときランダルマが狩りに出ると、大量の土埃がやってきて天を覆いました。人は叫び、馬もいななき、山をも動かすほどみな驚いたのです。ランダルマは猟犬を連れて近くのテントに逃げ込みました。

 テントの中にいた黒犬は見慣れぬ人の闖入に驚き、そこにいた女性の後ろに隠れました。女性は犬を抱きかかえ、頭をあげようとしません。

 ランダルマはそれを見て吠えるように言いました。

「この家の主人はどこに行ったのだ? この女はなぜ私をもてなしてくれないのか。だれか来い! この女を宮中に連れて行け!」

 下の者たちが風のごとくやってきて、女性を連れ去っていきました。テントの中につながれた黒犬だけがワン、ワンと吠えていました。テントのてっぺんの旗は強風のなかパタパタとはためいていました。

 夫の狩人が、狩りを終えて近くの丘の上まで戻ってきました。彼はテントが見えたので喜んで叫びました。

「おおい、ドルマ! 見てくれ! どれだけ獲物がどれたかわかるかい?」

 大声で叫んでも、答えがありません。彼はそれでもドルマがからかっているのだと思っていました。テントに駆け込んで、唖然としました。

 なんていうことでしょうか。茶を入れた器は粉々に砕け、お酒は地面に散乱し、履(くつ)は片方だけ転がっていたのです。

 ドルマはどこに行ったのだ? 姿かたちもありません。黒犬を連れて彼は山の上にあがり、山から下り、いたるところを探し回りました。

「おーい、ドルマ! ド、ル、マ―――!」

 大声で叫んでも、こだまがかえってくるだけです。

 山また山を越え、川また川を渡り、ドルマを探しましたが、何の手がかりも得られません。草原で羊の毛を探すようなむつかしさでした。

 ランダルマの王宮では羊毛の洗濯が終わっていませんでした。太陽の光のもとで洗い、星の光のもとで洗い、昼も夜も洗っています。プル(チベットの着物)を織っていましたが、織り終っていませんでした。一枚一枚丁寧に織るとき、杼(ひ)は魚が泳いでいるように見えました。しかしこの調子では永遠に織り終えるようには思えません。

 しかし侍女たちがもっとも恐れていたのは、ランダルマの頭を梳(す)く当番になることでした。朝、だれかが当番になってランダルマのところに行くと、午後になっても戻ってこないのです。こうして日々、侍女の数はすくなくなっていきました。彼女らがどこに消えたかはだれにもわかりませんでした。毎朝ランダルマの頭を梳く時間になると、女たちは子供に別れをつげました。

 ある朝、ドルマは名前を呼ばれました。頭を梳く当番がまわってきたのです。

 彼女はほかの侍女たちに別れをつげ、国王の前にやってきました。びくびくしながら黄麻の繊維のような髪をほどきました。そのときはっきりとわかりました。国王の頭のてっぺんに、硬くて尖った角がついていたのです。国王の頭を梳いた人がみな戻ってこないのも無理からぬことでした。国王が角の生えた人であることを知ったのに、どうしたら無事でいられるでしょうか。もし生かして外に出したら、噂が広まってしまうでしょう。彼女はそのようなことを考えながら髪を編み、自分の悲惨な運命のことを考えながら、糸が切れた腕輪の真珠がこぼれおちるように、大粒の涙が頬を伝わりました。涙のしずくはランダルマの首に達しました。ランダルマは涙に気づいてドルマのほうを見ました。そのときはじめて彼女が狩猟のときに連れてきた女であることに気づきました。ランダルマはたずねました。

「おや、まえはなぜ泣いているのだ?」

「あなたさまがわたしを殺すにちがいないと思ったからです」

「そりゃおまえを殺さないわけにはいかないだろう。でなければいろんなところへ行って話すだろう。ランダルマ王の頭には角があります!てな。そうしないとみなわしを殺そうとするだろう?」

 ドルマは悲しそうな顔をして言いました。

「大王さまはわたしが話すのを恐れているのですか?わたしは第三者に、絶対に話しません。わたしは永遠にあなたさまの髪を梳きます。それなら永遠に第三者が秘密を知ることはないでしょう」

「いやだめだ。おまえの話は信用できぬ」

「誓ってもいいです。わたしはかならず約束を守ります。第三者に話すことは誓ってありません」

 そもそもこのような美しい女性をランダルマは殺すことができるでしょうか。彼は唸り声をあげてから決断を下しました。

「わかった。わかったから誓いをたてなさい」

 ドルマは誓いを立てて言いました。「わたしたちは秘密を知った者同士なのです」

 ランダルマはドルマを殺さないことにしました。彼女はランダルマの頭を梳いて戻ってきた最初の侍女になりました。

 ドルマは秘密を守る誓いを立てましたが、心の中では納得していませんでした。彼女にとってランダルマは魔君であり、恨みに思っていたのです。秘密を暴露したらどんなにすっきりするだろうかと思いましたが、誓いを立てた以上、それを守るしかありません。

 ある日、ドルマが羊毛を洗いに行くとき、まわりにだれもいませんでした。目の前にあの日見たランダルマの角が浮かんできます。抑えきれなくなった彼女は、地面に伏せて、ネズミの穴に向かって叫びました。

「あんた、知ってる? ランダルマの頭には角が生えてんだよ!」

 叫び終わると、彼女はすっきりして、安らかな気持ちになりました。しかも穴の中に向かって叫んだので、誓いを破ったことにはなりません。

 しかし奇妙なことに、その日以来、ネズミの穴の上に一本の竹が生えてきました。それはすくすくと伸びて、見た目も立派になりました。

 この時期、黒犬とともに妻を探して流浪の旅をつづけていた夫の狩人がこの地にやってきました。彼は竹を見つけると、心の中で思いました。「この竹を切って笛を作り、笛を吹いて悶々とした気持ちを晴らそう」

 奇妙なことに、この笛が奏でる歌は楽しいものではなく、もの悲しい旋律でした。そしてそれは突然よく知った声で話し始めたのです。

「ねえ、あなた、知ってる? ランダルマの頭には角が生えているのよ!」

 これはドルマの声ではないか? 彼は驚いてもういちど吹いてみました。するとおなじように「ねえ、あなた、知ってる? ランダルマの頭には角が生えているのよ!」と話すのです。狩人ははじめてランダルマがドルマを奪ったことを知りました。

 彼は笛を持っていたるところに行きました。行って笛を吹いたのです。町の中でも、村でも、牧場でも笛を吹きました。人々はこうして民衆を圧迫するランダルマが、角の生えた魔物であることを知ったのです。こうして各地で氾濫が起きるようになりました。

 そうして白衣を着た白馬に乗る英雄があらわれ、ランダルマを弓矢で殺したのです。ランダルマが矢に射られて死んだことにより、民衆に及ぼしていた害は除かれました。みな苦難の生活から脱することができました。

 このあと狩人は、笛を吹きながら、妻のドルマを連れて帰りました。笛の旋律は楽しい調子を奏でるようになっていました。彼は自分の物語から曲を作りました。いたるところで笛を吹いて曲を披露しました。人々はこの狩人も、この奇妙な笛も大好きでした。