チベットとペルシア 宮本神酒男 訳
第1章 ボン教古代伝説とゾロアスター教の影響
2 ボン教古代神話の特色
ボン教はチベットでもっとも古い宗教である。ボン教の古代神話はチベットの先住民の古代の歴史にたいする認識を示しているといえるだろう。この種の神話は同様に発展の過程を示し、つねに完全なものをめざし、同時にさまざまな特長を生み出すものである。初期の神話は自然を人格化したものが多く、内容は複雑だが体系化はしていなかった。部落が発展するにしたがい、部落間のつながりが強化され、ボン教の神話の内容に社会や人生が加味されるようになった。
ボン教の隆盛期はすなわちチベット文明の揺籃期であり、吐蕃朝の精神文化を促進する役割をもった。ただし吐蕃の社会が発展するにしたがいボン教にも発展を望み、時代の要求にこたえられないボン教は日増しに仏教からの脅威を感じるようになった。仏教とボン教の争いはボン教史の重要な要素である。
仏教とボン教の論争はそれぞれに等しく深い影響を与えたが、共倒れになったわけではないし、仏教が完全に勝利を収めたわけでもない。仏教はボン教の儀軌を吸収し、民衆を広く取り込むようになった。一方ボン教も仏教の理論を吸収し、原始的な宗教から形を成した宗教に変わっていった。すなわちライバルである仏教の理論体系を取り入れて刷新したボン教は、もう昔のボン教ではないのだ。こうしてボン教の大蔵経の内容は豊富であり、代々口頭で伝えてきた古代神話も含まれていた。とくにボン教の後期隆盛期となるとそういった要素が増え、「新ボン教」が生まれるのである。
それは疑いなく早期ボン教史研究の一級の資料である。ただしその扱いには慎重さがもとめられる。真贋と年代はかならずしも信用できないのだ。その工程は複雑であり、筆者の力の及ぶところではない。本論の趣旨は古代ボン教の神話を解析すること、とくにペルシアのゾロアスター教との関係を探ることである。
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