霊的エネルギー湧きいづる岩山
私はチャーターした車に乗ってここを訪ねたのですが、丘の一部が見え始める頃から、霊的パワーのようなものをビンビンに感じました。これだけの強いエネルギーを発生する場所は、そうそうはありません。岩と岩がせめぎ合っているかのような激烈な岩山、それがツァン地方とンガリ(阿里)地方の境に位置するサンサン・ラダク(Zang-zang Lha-brag)なのです。
チベットに霊場といえる場所はたくさんありますが、サンサン・ラダクがほかと違うのは、ここからたくさんのテルマが発見されていることです。テルマとは、埋蔵された宝という意味で、パドマサンバヴァやその妃が将来発見されることを期待してストゥーパの中や岩の下などに隠した経典や遺物のことです。(ボン教の場合、隠したのはリシュ・タグリンやデンパ・ナムカとされています)
サンサン・ラダクでテルマを発見したのは、ニンマ派北伝派の3代目テルトン(初代はニャンラル・ニマウーセル、2代目はグル・チューワン)であるリクズィン・ゴデムチェン(ゴキデム・トゥツェン1337−1409あるいは1325−1402?)と言われています。
ゴデムチェンはデギン・ホルという氏族の出身でした。デギン・ホルは黄色いウイグル(ホル・グル・セル)の国王の子孫です。デギンとは、テュルク語で王子を意味するそうです。黄色いウイグルといえば現在の中国の少数民族のひとつユグール族のことです。ウイグル族と同系列ですが、半分は仏教徒です。
このプリンスがここでテルマを発見するというのも、わくわくさせるような話です。いまのウイグル人を見ると目が茶色で鼻筋が通ったガイジン顔も多いですから、高貴な家柄の出ということもあり、神秘的な異邦人の雰囲気を醸し出していたかもしれません。
ゴデムチェンは、断絶の危機に瀕した王統を救うという予言(の夢かヴィジョン)を見ました。そうしたことから地元のマンユル・グンタンという国の王(ヤルルン朝、つまり吐蕃の王朝の血をひいていた)と仲良くしていました。彼が発見したテルマは基本的にティソンデツェン王の後裔のために隠されたものでした。
またダン・マーティンによれば、彼はベユル(隠された地)をはじめてあきらかにしたテルトンだといいます。ベユルはシャンバラ思想の源泉のひとつともいわれるチベット版ユートピアです。チベット文化圏には各地にベユルといわれる場所があります。ある、といっても基本的に伝説的な場所なので、その人がそれにふさわしい心の状態をもたないかぎり、見ることも訪ねることもできないのです。
サンサン・ラダクのゴンパ(寺院)は山の麓にあります。ここで寺のケンポ(寺主)と話したあと、崖にある洞窟寺院を訪ねました。たいした距離ではないけれど、途中で「ガス欠」して、息が切れてしまいました。腕時計の高度表示を見ると4600mもあります。後日行ったチャンタン高原では平地の道路でも4500mありましたから、たいしたことなかったのですが、高地順応していない身にはこたえました。
この洞窟寺院を開いたのはパドマサンバヴァと言われています。ここに来て修行をしたからこそ、テルマを隠していったのでしょう。洞窟自体はワンルーム・マンションなみの広さがあり、なかなか快適でした。パドマサンバヴァ像はいたるところで見られますが、ここにはグル・リンポチェ八変化(gu
ru mtshan brgyad)の小像がそろっていました。このパドマサンバヴァ(Gu ru Padma ’byung gnas)の8つの姿はつぎのようになっています。
●烏堅金剛持(オギェン・ドルジェチャン) (Gu ru O rgyan rdo
rje ’chang)
●蓮華生(パドマサンバヴァ) (Gu ru Padma sambhava)
●釈迦獅子(シャキャ・センゲ) (Gu ru Shakya seng ge)
●日光(ニマ・ウーセル) (Gu ru Nyima ’od zer)
●蓮華王(パドマ・ギャルポ) (Gu ru Padma rgyal po)
●愛慧(ロデン・チョクセ) (Gu ru bLo ldan mchog sred)
●獅子吼(センゲ・ダドゥ) (Gu ru Seng ge sgra sgrogs)
●憤怒金剛(ドルジェ・ドル) (Gu ru rDo rje gro lod)
ところで、ボン教徒にとって、サンサン・ラダクはボン教聖地でもあります。それによるとゴデムチェンはじつはボン教徒なのです。いったいそんなことがありうるのでしょうか。ボン教徒は仏教(ニンマ派)の聖地を奪おうとしているのでしょうか。
ボン教徒のほうがはるかに昔からサンサン・ラダクを聖地としてあがめていた可能性は十分あるでしょう。仏教到来が7世紀頃のことだとしたら、自然崇拝的な面をもっていた古代ボン教がサンサン・ラダクを聖地として崇めなかったわけがありません。現在のニンマ派とボン教が教義においてもかなり近いことを考えれば、ゴデムチェンがボン教徒であり、ニンマ派仏教徒であったとしても不思議ではありません。
洞窟から下りるとき出会ったブルーシープの群れ
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