アク・トンパ物語 

尼寺で魔羅売り 

 

 昔むかし、ある夫婦が田んぼを耕していました。彼らは何人か雇って野良仕事の手伝いをしてもらっていました。

 お昼の食事時になりました。すべての手が止まり、今度はお昼ご飯をつかんでいます。チベット人というのは、冗談を言い合い、笑いこけるのが大好きな人々です。ですから笑ったり、冗談を飛ばしたり、卑猥な言葉を口にしたりするのに忙しかったので、とても尊い高僧ラマがそばを通ってもすぐに気づきませんでした。

「何をしてるんだね」とラマは夫婦に声をかけました。これは深い意味があるわけではなく、時候のあいさつのようなものです。

 夫婦は「いま穀物の種を植え付けているところです」と言おうとしたのですが、下品な冗談を飛ばしあっていたところなので、つい「へへ、お坊さま、いま魔羅(おちんちん)を植えているところでさ」と言ってしまったのです。

 このくだらない言い損ないを聞いてみなドッと笑いました。ただ高僧ラマは困惑し、辱めを受けたような気がしました。

 ラマはつい呪いをかけてしまいました。

「生えてくる麦、みな魔羅になれ!」

 吐き捨てるように呪いをかけて、ラマはその場を立ち去りました。

 収穫期がやってきました。夫婦は胸をときめかせながら自分たちの田んぼへ歩いていきました。しかし目の前に広がる光景を見てショックのあまり茫然としてしまいました。田んぼ一面に魔羅(おちんちん)がなっていたのです。ひどく困惑した、なんて話ではすみません。これが彼らの唯一の田んぼだったのです。麦の収穫がなくて、つぎの年、彼らはどうやって生きていけばいいのでしょうか。

 当然のごとく、この奇妙なできごとは近くに、遠くに広がっていきました。アク・トンパ(トンパおじさん)の耳にも入ったので、何があったのだろうかと田んぼを見に来ました。このあわれな夫婦の田んぼは、さまざまなサイズの魔羅(おちんちん)がいっぱいになっていました。まるで地面からニョキニョキとキノコが生えているかのようでした。

 でもこの夫婦は富を手にしたのです。アク・トンパはすぐにそのことに気づきました。

 彼は夫婦の家を訪ねました。そこで見たのは、夫婦が悲しみのあまり床の上を転げまわりながら泣きわめいている姿でした。身に降りかかった不幸に彼らは耐えきれなかったのです。

 トンパおじさんは夫婦を慰めました。

「おふたりとも、そんなに悲しむことはないですよ。わたしが田んぼになったものを売ってあげますから。それで得たお金で、もともととれる予定だった麦よりもたくさんの麦を買えばいいじゃないですか」

 夫婦は慰めの言葉をかけてくれたこと、それから有利な申し出をしてくれたことに心から感謝しました。トンパおじさんはからの袋を積んだロバを連れてきて、田んぼの魔羅を袋に詰めるよう言いました。彼らはトンパおじさんが言ったとおりに、地面から魔羅を引っこ抜き、ロバに積んだ袋の中に入れました。

 トンパおじさんは、2、3週間後に戻ってくると約束して、夫婦の家を出ていきました。そしてロバを連れて、チベットでいちばん大きな尼寺へと向かったのです。

 尼寺の中庭に着くと、おじさんはロバから荷物を下ろし、ロバたちは庭の外に追い出しました。そして大きな布を何枚か出して庭の地面に広げ、サイズごとに分けて、魔羅を並べました。準備が整うと、彼は大きな声を張りあげました。

「さあさ、みなさん、魔法の魔羅はいかがですか! あなたのすべての欲望を満たす現地特産のものすごい魔羅がよりどりみどり!」

 おじさんは何度も叫びました。しかしひとりの客もやってきませんでした。夕暮れまでは。

 最初にやってきたのは尼僧院長(住職)でした。彼女はおじさんにたずねました。

「その一番大きいの、おいくらかしら」

 彼女は恥ずかしそうに口元を隠しながらそうたずねました。

 おじさんは途方もない高い金額を言ったのですが、彼女はためらわずに全額を支払いました。それを手にすると、彼女はトンパおじさんにたずねました。

「これ、どういうふうに使うのかしら」

 おじさんは注意事項を知らせました。

「ともかく犬や猫からは遠ざけてください。食べられるおそれがありますからね」

 それからおじさんは慎重に使い方を教えました。

「お楽しみになりたいときは、チッ、チッ、チッ、と舌を鳴らして呼んでください。すると魔法の魔羅は飛んできてあなたのなかに入っていきます。やめたいときは深く息を吸って、フッと吐いてください」

 彼女はこんなに役に立つものを持ったのははじめてだと思い、とても喜びました。だれもが知っていることですが、尼僧は男を楽しむことが許されていませんでした。

 尼僧院長が興奮したまま去ると、ほかのほとんどの尼僧が残る魔羅を買いにやってきました。トンパおじさんはサイズごとに値段をつけなければいけなかったので、とても忙しくなりました。お金を回収するのにもたいへんな時間がかかりました。彼はまた使い方と注意事項を教えなければなりませんでした。しばらくすると、おじさんは在庫のすべての魔羅を売りさばくことができました。

 最後の一本を売りさばくと、彼は外につないでいたロバに乗って、夫婦のもとに戻りました。目の前にどっさりと置かれたお金の山を見て、彼らは腰が抜けんばかりに驚きました。彼らはいまや何でも好きなものが買えます。田んぼで本来とれるはずだった麦で得るお金よりも、はるかにたくさんもうかったのです。有頂天になった夫婦は偉いラマのところに行き、これからも毎年呪術を使ってくれるよう頼みました。

 こうしている間も、尼僧院長(住職)はトンパおじさんの言いつけをよく守りました。チッ、チッ、チッと舌を鳴らして呼ぶと、魔羅が飛んできて、彼女と交わりました。もうやめたいと思ったときは、大きく息を吸って、フーと吐きました。すると魔羅は下に落っこちました。彼女はとても気持ちがよかったので、この魔法の魔羅が大好きになり、絹の布にくるんで特別な銀の箱の中に保管しました。彼女にとってそれはかけがえのないものになり、それなしでは一夜も過ごせなくなりました。もう離れ離れになれなくなりました。

 何年かが過ぎました。ある日彼女は尼寺から遠く離れた村に住むお金持ちの家族に呼ばれました。ところが大事な魔羅の銀箱を部屋に置いてきてしまったのです。儀礼をおこなうために3日間その家に滞在することにしていました。魔法の魔羅がなかったため、最初の夜、彼女はとても不機嫌で、浮かない顔をしていました。翌日、彼女は家族に、残りの二日間はここにいたくないと打ち明けました。特別に聖なるものを置いてきてしまい、それでは仏法の誓いを破ることになるため、その夜は家にとどまることができないのだと説明しました。

 この説明を受けてもなお、彼女はここに残って儀礼を完遂すべきだと、家族は主張しました。どうしても聖なるものが必要なら、家族の召使を取りに行かせばいいではないかと言いました。馬に乗れば、一日で行って戻って来られるというのです。

 彼女はしぶしぶその案を受け入れ、召使に言いました。

「私の寝床の下に銀の箱があります。箱を見つけても、絶対に開けてはいけません。もし開けたら、あなたはたいへん大きな罪を犯したことになります」

 召使は、そのようなことはいたしません、と約束しました。

 彼は尼寺に行き、すぐに銀の箱を見つけると、もう帰り支度をはじめました。道すがら、さまざまな疑問について考えました。

「この高価な銀の箱のなかに何が入っているのだろうか」

 彼は箱の中身を見たくてたまりませんでした。でも罪を犯す行為はしたくなかったのです。しばらく行くと、まわりにだれもいないことに気づきました。彼は馬から降りて、一休みしました。

 しばらくすると、また好奇心がもたげてきました。罪を犯してしまうという恐怖を好奇心が吹き払ってしまいました。そしてついに箱を開けてしまったのです。

 彼が見たのは、絹の布に大事そうに包まれた、大きく、分厚く、円筒のようなものでした。絹の布をめくると、巨大な魔羅が現れました。彼は目にしたものに衝撃を受け、思わずチッ、チッ、チッと舌を鳴らしました。*チベット人は驚いたりあきれたりしたときにこのように舌を鳴らします。

 するとすぐさま魔羅は彼に飛びかかり、穴を探し始めたのです。彼は男だったので、魔羅が見つけることのできた穴はたったひとつでした。それは穴に入ってネジのように回りながら進もうとしました。あわれな召使は恐怖におののきました。彼は泣き叫びながら、あちこち跳ね回り、最後には疲れ果てて、ぐったりと倒れ込んでしまいました。そのとき息を吸って大きくフッと吐いたので、魔羅はぽとりと下に落ちました。

 召使は怒りがおさまらず、魔羅に向かって、知る限りのののしりの言葉をぶつけました。彼は岩を持ち上げて、魔羅が粉々になるまで何度もたたきました。それからつぶれたものをおなじ絹の布に包み、銀の箱の中に入れました。そして何事もなかったかのように帰路につきました。

 村に到着すると、彼はすぐに箱を尼僧院長(住持)に手渡しながら、「いかなる罪も犯しませんでした」と言いました。彼女はそれが手元に戻ってきてとても喜びました。

 夜になって寝床に入ると、彼女はチッ、チッ、チッと舌を鳴らしました。しかしいつものように魔羅はやってきません。何度呼んでもそれはいっこうにやってくる気配がありません。何かが起こったのだと気づき、彼女は銀箱を開け、中身を見ました。そこにはひしゃげた魔羅があったのです。彼女は恋人に起こったことがショックで、一晩中眠ることができませんでした。しかし尼僧としてはあまりに恥ずかしいことだったので、人に話すことができませんでした。

 翌朝、目が覚めても心は陰鬱でした。家族は彼女に何があったのか知りたがりました。彼女はひどい病気なのだと打ち明けました。家族は医者を呼んで診てもらうことにしました。彼女はひしゃげたちんちんを治してくれるのではないかという淡い期待をいだき、器に魔羅を載せて医者に差し出しました。

 しかし医者はそれが肉料理だと思い、ペロリと食べてしまいました。ショックのあまり尼僧院長は死んでしまいましたとさ。

 


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