アク・トンパ物語
仏典を読む
チベット人のような度が外れるほど熱心な仏教徒はほかにいないでしょう。ほとんどの家族が一か月に一度、少なくとも一年に一度、ラマ、あるいは仏典のよき読み手を家に招待し、仏典を読んでもらいます。トンパおじさんは仏典のよき読み手でした。人々はよくおじさんを招き、家族に幸運がもたらされるように、あるいは家族の繁栄を祈ってもらうために仏典を読んでもらいました。ある日読むのに通常数日はかかる仏典を読んでもらうため、おじさんが招かれました。
この家族のお父さんの頭には一本たりとも毛髪がありませんでした。こうした理由から外に出て人が集まるところへ行くのが恥ずかしかったので、いつも家の中にいました。どうしても外に出なければならないときは、特別な「かぶりもの」をして家を出ました。
トンパおじさんは数日間、この家で聖なる経典を読みました。しかしこの家で出された食事はあまりいいものではありませんでした。読み手をいい食事でもてなし、読み終えたときに十分な謝礼をするのは、主人の義務でした。この家では、おじさんに出したのはなんとか食べられるだけのひどい味の豆料理でした。犬にくれてやるような食い物です。トンパおじさんは考えました。肉料理なんてとうてい出てきそうにないな。おじさんはなんだか悲しくなってきました。
おじさんは家族が何匹かの羊を飼っていることに気づきました。一匹だけ白く、ほかは黒い羊です。黒い羊はおじさんに突っかかってきました。おじさんが出ようとすると、いつも頭をぶつけてくるのです。家の主人、つまりハゲ男は熱心に聖典が読まれるのを聞いていましたが、そんなとき、おじさんはある計画を思いつきました。
ハゲ男本人は読むことも書くこともできませんでした。男が仏典について知っていることといえば、彼にたいして読まれることだけです。そこでおじさんは言葉を作って、あたかもそれが仏典に書かれているかのように見せることにしました。彼は大きな声で読み上げました。
仮令(たとい)人の頭上に毛髪一本たりなくとも
黒羊の温暖なる獣皮をかぶるならば
毛髪たちどころに出づるなり
この一節を聞いたハゲ男は飛び上がって驚きました。「そ、それは本当のことなのですか」
「もちろん本当ですよ」とおじさんは答えました。「お釈迦さまがおっしゃっているのですから」
あわれなハゲ男はすっかり信じてしまいました。そして人をやって黒い羊をほふらせたのです。ハゲ男は羊の皮を切り取り、それがあたたかいうちに、頭の上に載せました。おじさんには昼と夜、マトン料理が出されました。
あわれなハゲ男はずっと羊の皮を頭にのせたままでいました。数日後、腐ってきた羊の皮は悪臭を放ち始めました。そこでトンパおじさんはまた文面をこしらえました。
黒羊の獣皮を
一黄昏よりも長くかぶるならば
頭上に出づるものなし
仏典の言葉を聞いた男は叫びました。「なんだって! もう一度読んでくれ!」
おじさんはおなじところを何度も読んで説明しました。
「お釈迦さまがおっしゃるには、夕暮れよりも長く皮をかぶっていたら、髪の毛は生えてこないだろうということです。あなたは二晩か三晩、かぶっていましたから、もう生えてこないということです。運がなかったですね」
あわれなハゲ男はおじさんのことを疑わず、怒って皮を投げ捨てました。トンパおじさんはその間もずっと仏典を読み続けていました。