アク・トンパ物語
ハゲ頭に髪の毛を植える
トンパおじさんは金持ちではありませんでした。いつも何かが足りなかったのです。ある晩、客が訪ねてくることになっていたのですが、バターがありませんでした。チベットのお茶はバター茶なので、バターがないとはじまらないのです。
チベットの家庭ではバターは新鮮さを保ち、冷やしておくために、水槽に入れて保管するのが普通でした。トンパおじさんは窓越しに隣の家を見ていました。隣家の水槽には大きなバターの塊がプカプカと浮いていたのです。おじさんは「どうしたらこのバターを自分の客に出すことができるだろうか」と智慧をしぼりました。
隣の家族の主人はハゲでした。彼は祝い事に出席するのはもちろん、どんな会合に出るのも億劫でした。というのも頭の上には一本も髪の毛がなかったので、外に出るのが恥ずかしかったのです。
その日の朝、隣家の前に、ハゲ男が日を浴びて坐っているのが見えました。おじさんは片手に鋭い錐(きり)とヤクのしっぽを持ち、急いでいるふりをしながら彼の前を急ぎ足で歩きました。
おじさんを見たハゲ男はたずねました。
「やあ、そんなに急いでどこへ行くんだね?」
「あなたみたいな禿げている人に会ったんですが、その人に髪の毛を植えてくれないかと頼まれたんです。だからいま、その人のところに向かっているんです」
「ちょっと待て。あんた、人の毛髪を植えることができるんか?」
「ええ、お茶の子さいさいです。ご存知なかったですか?」
「じゃあ、わしの頭にも植えられるんか」
「そりゃもちろん。あなたさまが最初でもいいですよ」
おじさんはハゲ男の頭を洗い、それから家の中に入りました。おじさんはおもむろに錐を取り出し、頭にブスブスと刺し始めました。
「痛て! 痛て!」男は泣きわめきました。「死ぬほど痛いぞ!」
おじさんはうなずきました。
「そうです、それでいいんです。髪の毛を植えるのはそんなに簡単なことではないのです。痛みには耐えてください」
しばらくの間、おじさんは錐で刺し続けました。刺して穴があいたところに、おじさんはヤクの毛を一本一本置きました。おじさんは数えきれないくらいたくさんの穴をあけました。しかし男は痛みに耐えきれなあくなり、涙が頬の上をボロボロ落ちていくのをとめることができませんでした。
ついにおじさんは言いました。
「もし髪の毛を植えるのがイヤでしたら、そうおっしゃってください。でもバターの一塊をくださらないと、手をゆるめませんよ」
男は植毛をあきらめ、バターの塊をおじさんにあげることにしました。
おじさんはバターを受け取ると、自分の家に戻っていきました。