アク・トンパ物語 

国王に犬みたいに吠えさせる 

 

 だれもが祝い事で忙しい、チベットの正月初日のことでした。この日は、伝統にのっとって、各家からひとりずつチベット・パンや果物、布、カタ(白い吉祥のスカーフ)を捧げものとして持ってくることになっていました。

 トンパおじさんはこの正月の期間中、国王に犬みたいに吠えさせてみせると豪語しました。もちろん誰も信じませんでしたけれど。「そんなことできないさ。第一、縁起でもないだろ」。しかしおじさんはやってみせると言い張りました。

 この日は一日中、国王は新年のあいさつの対応に忙殺されました。国王はとても高価な服を着て、王冠をかぶり、玉座に坐っていました。たくさんの民も腰を下ろし、国王といっしょに食事をとりました。突然トンパおじさんが国王の前に駆け込んできました。

 国王はおじさんにたずねました。「ずっとどこにいたんだね? おまえはここにいるべき筆頭の人物だろうが」

「ああ、国王さま。信じられないほど美しい犬が売りに出されていたのです。わたくしはその犬を国王さまへの贈り物として買おうと考えたのです」

 チベットでは見かけ以上に吠え声の強さで犬の良し悪しが決まります。そこで国王はたずねました。「その犬の吠え声はどうなんだい?」

 おじさんは猫みたいに「ニャー、ニャー」と鳴いてみせました。

 国王は首を振り、大声で言いました。「それはいい犬の声じゃないよ。猫がニャーニャー鳴いているだけじゃないか」

「国王さま、ではいい犬の鳴き声とはどんなものなのでしょうか」トンパおじさんは興味深そうにたずねます。

 国王は玉座の前の卓の上に両手をつき、四つん這いになりました。ちょうど犬のようなかっこうをして、「ワン、ワン、ワン!」と声を出しました。

 トンパおじさんの計略に国王が引っかかったのを見て、だれもが爆笑しました。チベットでは、新年の日に吠えるのはひどく縁起が悪いと言われているのですが。人々はこれ以来国王を「吠える国王」と呼ぶようになりました。