アク・トンパ物語 18

けちくさい国王

 

 何百年もむかし、チベットには国王や女王が統治するたくさんの小さな王国がありました。それらの中には臣民に対し憐み深く、思いやりのある国もあれば、抑圧的で、冷酷に支配する国もありました。

 国王の多くは文字が読めませんでした。そこで彼らは読み書きのできる者を雇わねばなりませんでした。トンパおじさんは読み書きができたので、地元の国王に雇われたのです。この国王は臣民に対し過酷であることで知られていました。彼はまたけちくさく、自分の井戸から人がどれだけ水を飲んでいるか、細かく測っていたほどでした。

 ある日トンパおじさんは外に出て、各家族の長、つまり戸主を集めました。おじさんは彼らに、いま自分は国王に国全体のため忘れられない、物惜しみしない豪勢な宴会を開かせようとしていると宣言しました。

 彼らはみなおじさんを指さして大笑いしました。願望に過ぎない、とうてい不可能なことのように思われたからです。「オオカミが口から血を流したことがあるかい? 太陽が西から上がったことがあるかい?」彼らは信じられないといったふうに首を振り、みな自分の家に帰っていきました。

 トンパおじさんは彼らに向かって叫びました。「あんたたち、もうじきしたら招待されるからな!」

 おじさんは宮廷に戻ると、井戸に直行しました。宮廷で使われる水はここからくみ取っているのです。井戸は宮廷から見える距離にありました。国王はしばしば宮廷の屋根の上のバルコニーに登って、そこから井戸を眺めました。おじさんは井戸の中を覗き込み、そこにいる誰かと話をしているふりをしました。たまたまバルコニーから井戸を見ると、トンパおじさんが井戸の中の誰かと口論しているように見えたのです。

 国王が井戸のほうを見ていると確信すると、おじさんは叫び始めました。彼は井戸を指さして腕を上下に激しく動かしました。宮廷から少し距離があるので、国王にはおじさんが何と言っているのかわかりませんでした。

 しばらくしてトンパおじさんは国王のところに戻り、まるで大変な口論をしたばかりの様子で、信じられないといった表情で首を振りました。国王はすかさず尋ねました。

「おまえは誰と話していたんだ?」

 真剣な面持ちでおじさんは言いました。「わたしは井戸で水汲みをしていました。すると突然井戸の精霊であるナーギー(ナーガの女性形)が現れたのです。彼女が言うには、井戸の主だというのです。彼女は見たこともないような巨大な金塊を持っていました。あなたさまの頭とおなじくらいの大きさです」

 この話を聞いた国王はすぐに心が嫉妬でいっぱいになりました。「それでなぜおまえはナーギーと口論をしていたのだ?」。

「ナーギーがあなたについて言ったことは信じがたいものです」彼は一呼吸置いて、また話をつづけました。「あなたさまは地上で今まででもっともけちくさい人物だとナーギーは言うのです。わたくしは、いやそんなことはない、いままででもっとも心の広い方だと言い返しました」

 国王は感謝してもしきれない、といったふうにほほえみました。「それで心の広さを示すためにわしは何をすればいいのか」

「ナーギーは、王国のために物惜しみしない贅沢三昧の三日間の宴会を開けないかと言っています。費用はナーギーとあなたさまで折半しようとしています。もしうまくいかなかったら、喜んで金塊を差し上げようと言っています」

 この金塊の話を聞いて国王の目はギラギラと貪欲そうに光りました。トンパおじさんは話をつづけます。

「もしあなたさまが宴会を失敗したら、ナーギーは井戸の水を持っていくと言っておりました。この井戸は干からびてしまうということです」

 この申し出を聞いて国王は時間を無駄にすることができなくなりました。彼は召使全員を呼んで歴史上かつてなかったほどの盛大で豪勢な宴会の準備を命じました。彼は召使をひとりずつ各家に送り、宴会に招待しました。国王がトンパおじさんにだまされていることは誰もが知っていたのですが。

 宮廷で宴会は催されました。人々は食べ、チャンを飲み、歌をうたい、踊り、サイコロ遊びをし、三日間楽しみました。宴会の間、トンパおじさんは飲んで、へらへら笑いながら、各家族の戸主に「口から血を流すオオカミはいなかったかね? 今朝は西から太陽が昇らなかったかね?」と聞きながらヨタヨタ歩いて回っていました。人々はこのいたずら者の賢さに驚かされました。

 三日後、待ちきれない国王は金塊を持ってこさせるべくトンパおじさんを井戸に行かせました。井戸のナーギーが、宴会の供出分の半分を用意できなかったからです。国王はバルコニーからおじさんが金塊をもらいに井戸へ向かうさまを見ていました。

 おじさんは井戸に着くと、中を覗き込み、ナーギーを呼びました。彼はしきりに誰かと話したり、身振りで示したりしています。彼はついに怒って、叫び、相手に指を突き立て、両手を空中にあげ、地団太を踏みました。彼は怒りの蒸気を出しながら、あきれたように首を振りつつ、歩いて戻り始めました。

 国王は自ら歩いておいさんを迎えました。「それでわしの金塊はどこだ?」

「ナーギーは残念ながら何も渡すつもりはないようです。というのも、自分の供出分は供出しているというのです」

 国王は怒りを抑えることができず、叫びました。「いやいや! ナーギーは何ひとつ出しておらぬぞ!」

「わたくしもそう申しました。でも彼女が言うには、宴会の食事を作る際に、水を供出しているとのことです。まあ、ともかく、そう言ってナーギーは水の中に消えてしまいました」

 国王はなおも怒りを鎮めることができず、トンパおじさんの説明にも納得できませんでした。国王は自ら井戸に行き、ナーギーを何度も何度も呼びました。しかし姿はついに現れませんでした。