死出の美学 トラジャの壮麗すぎる葬送儀礼
第2部 血の多い葬送
3 神父に送られる死者
<神父は血の海を渡る>
世界中、とくにアジアを駆け巡って儀礼を見ると、どうしても動物の生贄のシーンを見てしまうことになる。ニワトリやヤギを殺すシーンは見飽きたといっていいほどたくさん見てきた。ブタとなるとずっと中国や台湾に集中し、数が少なくなる。牛・水牛となると、ぐんと減る。少ないだけに、牛が断末魔の息を吐き、恐怖にふるえるつぶらな瞳が白目に変わる瞬間は脳裏に焼きついて離れない。
トラジャの葬送儀礼場は、ブタや水牛の殺戮現場といった感があった。とくに最終日、水牛はまとめて屠られる。死者の階層によって犠牲の数が決まっているので、ここでも12頭を殺さなければならない。これらは死者が冥土へもっていく財産なのである。
血まみれで倒れている水牛の傍らを武人と呼ばれる人々が、盾と剣を持ち、踊りながら過ぎていった。そのあと出棺前に、黒い喪服に着替えた遺族たちが仮小屋の上層部のタウタウ人形に触れながら泣きじゃくった。遺体の入った棺桶はタウタウ人形の真下に安置されていた。
このあたりまでは伝統的な葬送儀礼なのだが、そのあと神父が壇上に立ち、1時間以上も延々と説教をするのは、新しい流儀なのか。説教を終えると神父は血の沼と化した庭を踏みしめて、地上に下ろされた棺桶の前に至り、死者の魂を送り出した。
それから棺桶に舟形の屋根がかけられ、十数人の男によって担がれ、森の中を抜けていった。そのとき突然雨が降り始めた。土砂降りである。私はカメラをバッグにしまい、人々といっしょに駆け出した。すると目の前に建物の入り口があり、なだれこむように中に入った。異様なほどしんとしていて、なにか様子がおかしいなと思ってまわりを見回すと 二、三人の人と棺桶があるだけだった。そこは墓場のなかだったのだ。