シャンシュンとペルシア 宮本神酒男 訳

第5章 ユンドゥン(卍)と吉祥の数詞

 

4 ボン教の吉祥の数詞

 どの宗教にも特別な意味をもつ数字がある。そのなかで一部の数字は吉祥を表わすが、ほかの一部の数字はその正反対である。ボン教もその例に漏れない・ボン教の吉祥数字はまず9である。この数字は他の民族でも違った意味で特別な数字であることが多い。チベットのボン教の9はもっとも吉祥な数字だが、それがどういうふうに用いられるのか、学者らは注目する。

 ボン教において、数字の9と地界、天界、それと教義は関係性が深い。地界は内から外へ9層になっている(九重地)とされる。天界ははじめ9層あり(九重天)それから13層に拡大する。

ボン教には九層ユンドゥン山の信仰があるが、ボン教の教義の9乗経論と対応している。ボン教の9乗は、つまり9種シェンであり、四因ボンと五果ボンを含む。

 ボン教の人類誕生神話では、サンポと水王が結合して9男9女の18人の子どもが生まれる。その長男が世界の王となり、長女が天空女神となる。9は吉祥の数字だったので、古代チベットの原始的な人々が9兄弟、9姉妹から生まれるのは自然な成り行きだったといえる。

 チベットの古代史にも、人類や部落形成の伝説が記載されているが、そのなかにもボン教の吉祥数字9が見られる。たとえば羅刹が統治していた時期、チベットは「黒の九羅刹」と呼ばれた。そののち、「マサン九兄弟」が統治した。竜族が統治した時期、「九洲」という地名があった。

 のちには「非人部落」統治期につづいて「コンポ九兄弟」統治期があった。その時期、ドン氏は18部だった。

 「マサン九兄弟」はチベットの人類の祖先部落と考えられた。『デウ教法史』や『賢者喜宴』によると、マサン9部とは、実際、チベットで早期に活動していた9つの大部落あるいは氏族のことだった。当時活動していた部落や氏族が9つとは思えず、その数字によって宗教や民族文化の特別さを表現したのだろう。

 また早期のツェンポの陵墓にはボン教観念の影響が見られる。地下の墓穴は9部屋に別れ、ほかに大広間があった。ボン教を信じる人々は祖先が来世でも幸福と吉祥があることを願ったのだ。

 ゾロアスター教ではどうだろうか。ペルシアの伝説では、アフラ・マズダーが創造したガヨーマルドが臨終の間際、背中から流出した精液が日光の照射を受けて浄化され、浸透して地下に至った。そこから植物が育って、葉茎に一対の男女が生まれた。男がマシュヤグ、女がマシュヤーナグといった。ふたりは結婚し、9ヵ月後に一対の男女が生まれた。ふたりからは7対の男女が生まれた。その後繁栄して地上に7つの国家および種族が形成された。人類を暴風雪が襲ったとき、アフラ・マズダーは人間にどう対応すべきか教えた。すなわち城内の広場の前に橋9座、中間に6座、後面に3座を造らせた。一説には、城砦の上層、中間層、下層に通ずる道が9つ、6つ、3つという。

 チベットの民間宗教のなかにあり、ボン教に吸収された厄払い儀式でも9という数字は頻繁に現れる。

「(トルマを作ったあと)シェンはその月の29日(すなわち新月)に9人の武装した軍人、9人の寡婦、9つのヤクの左角、9つの盛り土、9つの黒石、9粒の胡椒、9本の柳の枝、9つのツァグラン草を集めることに成功した」(トゥッチ)

 この神聖なる数字9は神秘的な魔力をもっているのである。

 13もまたボン教においては吉祥の数字である。トゥカン・ラマの『善説水晶鏡』にも、古代チベットのボン教伝説について記している。それによると、ニェティ・ツェンポの六代のちのティデ・ツェンポのとき、ウー地方(訳注:原文のツァン地方は間違い)のアムシュロン(Am shod lon)にシェン族の少年がいた。13歳のとき悪霊に憑りつかれ、チベット各地をさまようこと13年、26歳にして人間界にもどってきたが、このときから非凡な才能を見せた。

 この文中の13という数字は聖なる数である。チベット・ボン教の軍神は13軍神や9軍神と呼ばれる。ペハルや姉妹護法神を描いたタンカにはたくさんの動物が出てくるが、それらは13匹の黒い野ロバ、13頭の黒い野牛、13匹の黒犬、13頭の白獅子などである。

 13にまつわるもののなかで、もっとも意味あるのは、13の原初のシェンだろう。

天空に関しては、天空旗幡。鳥に関しては、ガルーダの軍旗、鷹の羽、孔雀の尾羽。武器に関しては、手のひらのなかのまぐわ、矛先の刃、玉飾神箭。楽器に関しては、雷鳴鼓、空中シンバル、ほら貝。服飾の関しては、鷲帽、竜皮上着、隼皮上着。これらは初期ボン教の特徴を表わしている。

 これらの数字に関し、学者らはさまざまな見解を持っている。ネヴェスキーは言う。

「さまざまな神怪について論じると、つねに兄弟や姉妹ということばに当たるが、それらの数はだいたいにおいて13、7、そして9なのである。これらの神霊の分類の特徴は、シャーマニズムとおなじである。

 たとえばシベリアのタルタル人の神話は、9人のエルリク・ハーンが下界を統治すると語る。あるいは9人のエルリク・ハーンの娘が統治するともいう。ブリアート人の黎明の神ソルボニ(Solboni)にも9人の娘がいる。アルタイ地方の人々はウルゲン(Ulgen)には9人の娘、7人の男児がいるという。モンゴル人の神話でも、9人兄弟の保護神がいて、軍神のいでたちをしているという。われわれはチベットの軍神9兄弟(dgra lha spun dgu)を連想せずにいられない。

 シャーマニズムを信仰するある民族の梅毒鬼は、9姉妹。火神は9兄弟。ブリヤート人は13のアダ鬼(子どもを食べる悪鬼)を認識し、鍛冶屋の神ボシントイ(Boshintoi)の子も9人である。この神から私はチベットの鍛冶屋の神カワナポを思い出す。カワナポもまた9兄弟である。

 これ以外にも、多くのシャーマニズムを信仰する民族は9つの峰に神霊が居住するという。これとチベット人が「九修(dgu sgrol)」儀式を行なうとき、9座の山の模型を作る習俗は関係があるかもしれない。それとまた古代チベットで、9つの尖った山頂に神霊が住むという信仰があったことも通底するものがある。

 7と9はチベット・ボン教の儀軌に頻出する数字である。またチベット人のシャーマンがもっとも多用する数字である。

 上述の分析はもっともである。チベットの原始信仰、ボン教、北方のシャーマニズムの間にはさまざまな糸が絡み合っているのだ。その関係はチベットとペルシアの関係よりも緊密で多様かもしれない。

 しかしわれわれはここでシャンシュン・ボン教中の吉祥数字とペルシア・ゾロアスター教の吉祥数字とを比較し、根本的にボン教文献と「シェンラブのボン教はタジクから来た」という伝説とが関連があるのかどうか、具体的に見ていかねばならない。