シャンシュンとペルシア 宮本神酒男 訳

第7章 ボン教とゾロアスター教の密接な関係

 

2 二元論の核心

 二元論はペルシアのゾロアスター教の思想の核心であり、ボン教の基本的な思想でもある。自然界の光と闇の対立、および人間の善と悪の対立があり、最終的には善が邪悪に勝利し、光が闇に戦勝するという内容である。

 ゾロアスター教では、自然界にまず光と闇の本源の対立があり、前者の化身が光、善のアフラ神である。後者の化身が闇、悪の神ダエーワである。

 光明神の長がアフラ・マズダーである。それと争うのが暗黒神の長アンラ・マンユだ。この両者が万物の造化をしたとされる。

アフラ・マズダーは光、清潔、理智、すべての人に有益なもの、たとえば肥沃な土壌、家禽家畜、および清潔な自然元素の土、水、とくに火を創造した。

 それに対しアンラ・マンユは、闇、邪悪、不潔、すべての人に害をなすもの、たとえば貧弱な荒地、獰猛な野獣、毒蛇、害虫、疾病、死亡、未熟などを創造した。

 同時に真理(asa)と虚偽(drug)の対立にしたがって善霊(Spenta)と悪霊(Angra mainyu)が対立する。アフラ・マズダーは真理、智慧、善の神であり、アンラ・マンユはでたらめ、腐敗、悪の神だった。

『アヴェスタ』の最古の部分である『ガーサー』の中で言う。

「思想も言行もすべて善悪に分かれる、

原初ではただ両者が存在した。

真の者は善を求め、悪者は虚偽を求める。

命の宮殿には善が起こり、死の魔窟には悪が起こる、

善なる者は天国でもアフラの恩恵を受け、

悪なる者はアフリマン(アンラ・マンユ)の暗闇の地獄で罰を受ける」

 パーラヴィ語の『ブンダヒシュン』にもゾロアスター教の善悪二元対立と闘争の神話伝説が述べられている。

原初の宇宙には、善悪の本源、すなわち光と闇が相互に不干渉で、独立して存在していた。光の世界の主宰者は無比の智慧を持ち、慈しみ深いアフラ・マズダーであり、暗闇の主はアフリマンだった。

 光の神は闇の神が罪を犯すことを予見していたが、理想的な天国を創造した。その元素は霊魂だった。三千年後、アフリマンは光輝に満ちた天国を発見すると、妖魔や怪物を作り出し、戦いを挑んだ。激戦のあと、暫定的に休戦をした。それからまた九千年におよぶ長期の戦いがはじまった。

 先の三千年の間、善の本源であるアフラ・マズダーは天国を充実させ、ウィフ・マナフ(Vohu Manah)、アシャ・ワヒシュタ(Asha Vahishta)、クシャスラ・ワイリヤ(Khshathra Vairya)、スプンタ・アールマティ(Spenta Armaiti)、ハルワタート(Haurvatat)、アムルタート(Ameretat)の六大天神を創造した。

 つづいて火、気、水、土の四大元素を創出し、これから七層の天界を創出した。それぞれ上述の神が担当した。

 二番目の三千年のはじめ、魔女ジャヒー(Jahi)が誘惑するなか、アフリマンが侵攻し、光の世界は黒い瘴気でいっぱいになった。

「家畜の首の白い牛が攻撃を受け、感染して重病となり、気絶して死亡すると、霊魂は飛んでアフラ・マズダーのもとへ向かい、主の右側に立った。人類始祖ガヤ・マルタン(Gayo maretan)が攻撃を受けると、三十年戦ったあと、敵の大軍にかなわず、妖魔の毒にやられ、その霊魂はアフラ・マズダーのもとへ向かい、主の左側に立った」

 神聖なる元素である火さえ脅威にさらされた。神の長であるアフラ・マズダーは反攻し、悪神や妖魔を叩き潰した。しかしかえって悪神は人間に苦痛と疾病、災難などをもたらすことになった。

 最後の三千年、アフラ・マズダーは牛の精霊グシュルワン(Geush Urvan)に懇願してゾロアスターの霊体に降臨してもらい、神の意思を告げ、正教を伝播するよう頼んだ。闇を捨て、光に身を投じ、悪を抑えて善を掲げた。アフラ・マズダーが世間の邪悪勢力を駆逐し、アフリマンを長とする妖魔との最後の戦いに臨んだ。世界には光が戻り、純粋さを取り戻した。こうしてゾロアスター教の二元論の教義を示していきたい。

 ボン教にも似た神話がある。物質世界を形成するとき、原初の世界には最高神ヤンダク・ギャルポ(純粋王)がいた。そのときはまだ太陽も月も四季もなく、領土も生もなかった。のち最高神は白色と黒色の光を生んだ。それから白色人と黒色人が生まれた。前者は幸福と吉祥の化身であり、後者は災難と不幸の化身だった。

 埋蔵経典『シペ・ゾプグ』(Srid pai mdzod phug)はボン教大蔵経のなかの「カ」(bka)、すなわちシェンラブの訓戒とみなされる。これはジェマラ・ユンドゥン・チュミ・ギェチュタニ(Bye ma lag gyung drung chu mig brgyad cu rtra gnyis)のシャンシュン大師トンジュン・トゥチェン(sTong byung mthu chen)とチベット人ボン教徒シャリ・ウチェン(Sha ri dbu chen)によってシャンシュン語からチベット語に翻訳されたものである。シェンチェン・ルガが1017年に発見した埋蔵経典のひとつである。

 デンジン・ナムダクは1966年、この経典と8世紀のテンパ・ナムカ(Dran pa nam mkha)による注釈『一切ボン教真実門庫要義注釈神匙』(bDen pa bon gyi mdzod sgo sgra)をあわせて編集し『ゾプグ』を出版した。この注釈でボン教流の宇宙起源が語られる。

 太古の昔、五種の本源物質をもつナムカ・トンデン・チョスムジェ(Nam mkha stong ldan phyod sum rje)がいた。父ティギャル・クッパ(Khri rgyal khug pa)は彼からそれらを受け取り、風、火、露、土を生み出した。

「五種の本源物質から光の卵と黒い卵が生まれた。光の卵は立方形で大きさはヤクほどだった。黒い卵は円錐形で牛ほどの大きさだった。父は光輪を用いて光の卵を撃破し、回転する卵から光線が散乱した。それは天空に散らばり、トルセ神(Thor gsas)を形成した。光線が下に向かって放たれると、ダセ神(mDa gsas)が形成された。

 卵の中心から、青緑色の長髪を生やした、白人のシパ・サンポ・ブムティ(Srid pa sangs po bum khri)が現れた。彼は現実世界の王である。

 ティギャル・クッパのライバルであるケーパメ・ブムナグポ(bsKal pa med bum nag po)は黒の王国のなかで黒の卵を爆発させた。黒い光は炸裂し、愚昧と迷妄を生み出した。黒い光は下のほうに照射され、遅鈍と狂気を生み出した。

 黒い卵の中心から満身に黒い光をたたえたムンパ・セルデン・ナグポ(Mun pa zer ldan nag po)という人が現れた。幻影世界の王である。彼らは神と悪魔の父祖となった。

 五種の元素から露と雨が現れ、海を形成した。海面を風が吹くと、光の卵の表面を気泡が飛んだ。それが破れると、青い女が現れた。サンポ・ブムティは彼女にチュチャム・ギャルモ(Chu lcam rgyal mo)という名を与えた。

 彼らはうなずくこともなく、鼻が触れることもなく、結合し、野獣、家畜、鳥類を生んだ。彼らは頭を下げ、互いに鼻で触れ合い、結合して九兄弟九姉妹を生んだ」

 サンポ・ブムティは彼らを夫婦にさせた。九兄弟のうちはじめの三人は重要で、掌教三尊(phyva srid skos gsum)と呼ばれる。

 シジェ・ダンカル(Srid rje brang dkar)の任務は世界の延長だった。彼には九人の男子があり、天界九神と呼ばれた。また九人の女子があり、天界九女神と呼ばれた。

 天界九神はム(dMu)部落の最初の祖先だった。また天界九梵神(gNam gyi then dgu)とも呼ばれた。シェンラブ・ミボはこの部落の後裔である。

 クジェ・ダンカル(sKos rje brang dkar)は人類と物事をうまく按配し、対立するものをあてがう(たとえば病気に対し薬、人に対し悪魔など)よう命令を受けた。彼には八人の男子がいて、地界八神と呼ばれた。また八人の女子がいて、地界八女神と呼ばれた。

 チャジェ・リンカル(Phyva rje ring dkar)は万物の生命の主宰者だった。彼には四男四女があり、その次男チャジェ・ヤラ・ダルドゥ(Phyva rje yad bla bdal drug)はチベット王の祖先である。

 サンポ・ブムティの四男ニェンルム・ナムカル(gNyan rum gnam dkar)は山神の祖先である。その他の兄弟もさまざまな生物の祖先だった。九男神と九女神はどれも父から使命を与えられていた。

 悪魔のムンパ・セルデン(Mun pa zer ldan)は自分の影からトンシャム・ナグモ(sTong zhams nag mo)を作り出した。彼女は月なしの夜に生まれたので、闇の女王と呼ばれた。彼らの結合から八兄弟と八姉妹が生まれた。彼らはそれぞれ夫婦となり、無数の悪魔が生まれた。それらはボン教世界の悪魔となった。

 以上の文献からも、カルメイはゾロアスター教がいかにボン教の二元論的世界に影響を与えたか、認識できるという。

「われわれは古代ペルシアの宗教を十分に理解しているとはいわないが、比較研究をすると、ボン教がイランの二元論の影響を受けているということはできるだろう。光と闇、白と黒、善と悪、神と悪魔、現実と虚構、創造と破壊など二項対立はボン教の基礎となっているのである。ボン教がその他の宗教と異なるのは、自己の利益のための宗教儀礼や典礼において、つねに二項対立的な角度から出発している点である。

 つまり神は悪魔と戦って勝たねばならず、善は悪と戦って勝つ必要があるのだ」

 ボン教のパンテオンには多数の神々があるが、それらはシャンシュン、インド、中国、それから多くはないがペルシアや西チベットを起源としている。

 ボン教の四大神は、万物の母、サティグ・エルサン(Sa trig er sangs)、シェンラ・ウーカル(gShen lha od dkar)、サンポ・ブムティ(Sangs po bum khri)、シェンラブ・ミボ(gShen rab mi bo)である。ほかに五柱の畏怖神、三大守護神のマ(Ma)、ドゥ(bDud)、ツェン(bTsan)。これらは世界の后妃、悪魔、岩妖魔である。

 二元論の概念はチベット人の祖先神話にも用いられている。よく知られた始祖神話では、猿と岩魔女が結婚する。その神話にも善悪二元論の寓意がみられる。

 父猿は菩薩の姓で、性格はおだやかで信心は堅固、憐憫の情を持ち、勤勉、心は善良、おだやかで、ことば使いもよい。みな父親の特性である。

 母岩魔女は、貪欲で怒りやすく、激昂しやすい性格で、商いが得意、利益をむさぼり、敵討ちをしたがり、皮肉屋で、頑強かつ勇敢だが、信念がなく、変わりやすく、あれこれ考えすぎ、敏捷だが、罪も犯しがちで、人のことをのぞきたがり、切れやすい。これらはみな母親の特性である。

 王族の起源に関しても、ボン教伝説では二元論が含まれる。ボン教徒の認識では、ニャティ・ツェンポは天神が降臨したものである。創世記において大智であるチャ神(Phyva)は、上は13層天、下は大地の13層のなかに立っていて、護身符のなかに入れられている。そこから白い光と黒い光が現れ、人類と非人類を象徴している。そこからまた黄色と藍色の花が現れる。それらは自ら創世神カメチョンメを作った。

 以上のことから、ゾロアスター教の二元論はボン教のなかにはっきりと姿を現していることがわかる。ゾロアスター教はボン教に多大な影響を与えたのである。