アガルタ 

16 シャンバラ 地球内部の楽園 

 

 ぼくたちの新しい生活はくつろいだ雰囲気の中ではじまった。ぼくたち人類はなお夜には眠る必要があった。つぎの「朝」、ぼくたちはぼくの家に集まり、どこへ行くのかを決めた。しかしすぐにわかったのは、すべてがアレンジされていること、ぼくたちがすべきことはリモートコントロールのホバークラフトに坐ることだった。すでにこういったことはプログラムされていたのだ。そして大きなサプライズがあった。早い時間にマヌルがぼくの部屋のドアをノックした。

「わたしとともにもうひとりガイドがいっしょに来ることになりました」と彼は言った。「ティム、あなたはテロスのことをよく知っている。このガイドはアガルタ全体をよく知っているのです」

 若い女が笑みを浮かべながらやってきた。それはシシーリャだった! 

「わたしがガイドでもかまわないでしょうか」彼女はひかえめにほほえみながら、手を差し伸ばしてきた。ぼくはその手を取った。まるで手の中に蝶の羽根を包みこんだかのようだった。ぼくは幸福にふるえた。

 外にはぼくたちの小さなグループが集まっていた。おばあちゃんは歓迎してくれるシシーリャをハグした。エドモンドとレックスは驚きと喜びが合わさった目でその光景を見ていた。シシーリャは妖精物語のお姫様のようだった。青味がかった長いドレスをまとい、幅広の輝くシルバーのベルトを巻いていた。長い銀色がかった金髪は頭の上で結ばれ、巻き毛の髪の先は首に垂れていた。彼女は超自然的に美しかった。

「あなたがたの言葉で、それぞれの場所について説明させていただきます」流ちょうな英語で彼女は言った。「ではホバークラフトに乗ってください」

「子どもたちはどうなったの?」おばあちゃんは叫んだ。

「子どもたちは眠ったままポルトロゴスに移動しました。そこに滞在することになります。そこではたっぷり休めますし、食べるものも飲みものもたくさんあります。ゲームや歌、ダンス、物語などに事欠きません」

 大きな黒犬であるティッチはぼくの傍らでおとなしくしていた。その目は妖精ガイドに向けられていた。彼女はほほえみ、ひざを曲げ、犬の首を撫でながらその耳に何かささやいた。犬は「ティッチ・スタイル」でこたえ、彼女の手をなめた。犬は坐り、ぼくの指令を待った。

 乗り物はぼくたち全員を乗せても余りあるくらい十分な容量があった。シートはクッション付きで、安全装置も完備していて、とても心地よかった。シシーリャはおばあちゃんの横に坐ったので、ぼくはパートナーとしてはティッチで満足するしかなかった。さてホバークラフトは静かに、ゆっくりと上昇し、屋根のない家々の上を飛行し、泡立つ海の上に出た。見晴るかすかぎり遠くの水平線以外は何もなかった。おばあちゃんとシシーリャの会話は熱をおびるばかりだったが、ぼくとティッチはウトウトしていた。ぼくは自分のいびきが大きくなりすぎないことを願った。

 遠くの水平線が突如接近してきた。すぐに青々とした幅広の植生が認識できるようになった。緑の中の飛行場にホバークラフトは着陸した。まわりはすべて緑だった。ティッチはまだ半分夢の中にいるかのようだったが、立ち上がり、うなった。ティッチ式のうなりの終わりはああくびだった。ぼくが考えるに、これはティッチが満足しているという表現だ。ここには木がたくさんあった。ぼくが安全用のハーネスから解き放つと、犬はホバークラフトからとびおりてカンガルーみたいに跳ね回った。

「この国にはおびただしい数の木立があります。それらは上陸ポイントでもあるのです」シシーリャは言った。「それらはすべてどこかへ通じています。この上陸ポイントがどこへ通じているのか、たどってみましょう」

 彼女に導かれ、木々のあいまを抜けると、大枝と小枝から作られた門に出た。それは驚くほど美しかった。地上でこんなすばらしいものは作れないのではないかとぼくは考えた。それはとても高く、枝はさまざまなパターンに曲げられていた。緑の葉の多くが枝に残っていた。フェンスもまた大枝小枝からおなじ様式で作られていた。これも美しいというほかなかった。シシーリャが紋様の中のバラを押すと、門はあいた。門の向こうにはわずかに足跡が残る小道がつづいていた。

「わたしたちはテロスの領域の外にいます」ぼくたちのガイドは言った。「私たちの国が宝石の町だらけであることをご存じないかもしれません。これらの町の基礎は金と宝石なのです。

 あなたがたが想像するよりもはるか遠い昔、私たちは発掘し、岩石の富を活用してきました。このみすぼらしい道はわたしたちの首都、シャンバラへと通じています。歴史の中でシャンバラは多くの役割を果たしました。それはゴビ砂漠のなかにあると主張されています。といってもほかの次元、天国、そして想像の虚構世界の中ということなのですが。実際は、ここなのです。一瞬の間、あなたは本物の、純粋の、少なくとも部分的には物理的なシャンバラを見ることができるでしょう」

 深い森と目立たない道は消え去った。突然目の前に厚いカーテンが引かれたかのようだった。そして目の前に光り輝き、ふるえ、きらめく町が忽然と登場した。シャンバラだった! 名前だけでも歓喜と敬意で身が震えた。

「シャンバラね!」目に崇拝の念を浮かべながらおばあちゃんは言った。「街路は金でできている。家々は大理石でできている。そしてシンフォニー・オーケストラが音楽を奏でている。美しい人々が白い衣を着ている。そして偉大なるマスターたちのための座席がある。ほんとうにシャンバラにいるんだね!」

「そうだ、私たちはシャンバラにいるのだ」サンジェルマンの幸福そうな声が響き渡った。彼はおなじホバークラフトに乗っていたわけではなかった。だから彼がどこから来たのかわからなかった。「エミリー、すぐに理解できるだろう。私はこの町のことをよく知っている。パリでさえ比較にならないほどだ」

 彼が話し終える前にぼくたちは足元の地面をしっかり感じ取っていた。おばあちゃんの素っ頓狂な声は大げさではなかった。黄金の通りをぼくたちは歩いていたのだ。でも足は黄金の塊に触れることはできなかった。地面の少し上あたりをぼくたちはホバー(浮揚)していたからだ。それでも足を踏むごとに前方に滑っていった。ぼくたちはシシーリャのあとを追っていたが、彼女がどこへ行こうとしているかわからなかった。

 通りすぎるすべての家が詩であり、寺院だった。このような美しい建築物をぼくは見たことがなかった。ぼくたちはすてきな、銀色の光を浴びていた。ぼくたちは高い構造物のそばで止まった。それは家というより魔法のお城だった。それは少しだけ離れて立ち、信じがたいほど美しい庭に囲まれていた。地上から来た者にとっては、家々のある町とはいいがたかった。それは楽園といったほうがよかった。

「すべてのものを見てきたと私は考えていました」レックスはゆっくりと断言した。「でもこれは<すべて>を超越しています」

 光、ふるえるホール、歌、青い色の衣を着たほほえむ人々、後光のさした賢者たち、壁の上の色の交錯、踊る子どもたち、背景の天界の音楽……。言葉に尽くしがたい以上のものを何と言おう? シャンバラは誇張ではなかった。それは愛と平和あふれる夢そのものだった。

 シシーリャによってあっという間にぼくたちはここに連れてこられた。しかしそこは正しい場所だった。シャンバラの楽園のきらめきのある場所だった。そこは地上のようでもあり、非・地上のようでもあった。

 これらの人々はぼくたちと違ってしっかりとした肉体を持っていなかったので、どこかひ弱な感じがした。多くのバリエーションがあった。一部の者は見かけ以外、人間とはいいがたかった。シャンバラは、多くの民族、異なる種類の生物が存在する広大な場所だった。彼らが共通して持つものがひとつあった。それは最高次の源ないし他者の「愛」である。「愛」の力はこの宮殿の中を流れた。それはほとんど傷といってもいい幸福でぼくたちの心を満たした。

 ぼくはシシーリャをじっと見た。彼女も視線をぼくに返した。その瞬間、一定の距離を保っていたぼくたちの間に「愛」が芽生えたのである。彼女はぼくに近づき、ぼくは彼女を抱擁した。彼女がぼくの肩に頭を寄せると、おばあちゃんはこっちを見てにっこりとほほえんだ。ぼくたちは長い間静かにしていた。そしてこの驚くべき建築物を去る時がやってきた。ホールを去るとき、ぼくたちのまわりで17世紀に作られた生譚曲(オラトリオ)が鳴り響いた。

 ぼくたちが現れると、ティッチはあたりを跳びはねた。中にいるときは静かで、ぼくの足元で寝そべっていた。いま、狂ったみたいに走り回っている。笑ったりわめいたりしている人々の間を抜けたり、ぶつかったりしながら。ぼくたちはほかの犬にも出会った。しかしながらそれらはどこか気持ちが悪かった。ティッチは彼らを見ようともしなかった。通常はほかの犬に触れるのが好きだったのだけれど。でもいまはまるでこれらの犬が存在しないかのようだ。

「あれって幽霊犬なの?」ぼくがたずねたとき、ダルメシアン犬の群れが止まってティッチに挨拶した。ティッチはまだら模様の犬の群れの中を歩いた。それがぼくの問いに対する答えだった。

「物理的な体を持たないで地上の犬たちの一部はここにやってきたんだ」サンジェルマンがぼくたちに語った。「この場所には五次元が含まれている。ここで<通常>を期待することはできない。テロスの外では、アガルタのほとんどが五次元なんだ。さしつかえなければ、しばらく私がナレーターをつとめよう。私がどのようにしてここに来るにいたったか、話そうと思っていたのだ。私たちの読者にとっても興味深い話ではなかろうかね」

 この重大な際にぼくの注意は美しいガイドにそそがれていた。サンジェルマンがその役目を継ぐのはすばらしいことだった。ぼくよりはるかに彼は聴衆に慣れていた。

 


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