アガルタ 

17 野生動物とのエキサイティングな出会い 

 

「私が地上にいないときは、いつもここにいる」とサンジェルマンは言った。「あるいは高次の場所に呼ばれたときは。 

『地上の人類にアガルタのことを明かすときが来たのだ』マスターのひとりは私にそう宣言した。そしてその任務を負うのがあなただ」 

「透明人間として? それとも見える存在として?」ぼくは挑むように問いを発した。彼はニヤリと笑った。

「あなたは任務を負った存在であることを楽しんでいるようだ。あなたにぴったりの任務だからね。あなたはアガルタの秘密を三次元の人々にもたらすことになる。彼らはここにちょっと来て、滞在したいと願うだけだが、いったん彼らの準備が十分に整ったなら、五次元に移行することも可能だろう。地球全体が変わらなければならない」

「ずっと昔から、変化は求められてきました。21世紀になってもあなたは変化について考えています」とぼくはこたえた。「自分が加わっているエレガントな時代にさえ大惨事は起こりました」

「だがいま、地上の人間たちを助けるために私はここにいるのだ。この途方もない革命的変化が地上にあらわれようとしている」

「あなたは大いなる光を期待しているのね」エミリーは驚いた。「あなたはすでにそこにいたのね」

「あなたが考えているふうではないがね」サンジェルマンはほほえんだ。「愛する地球の残しものがたっぷりと私の中にある。だからさまざまな次元と時間の仲介役には慣れたものなのだ。だがわれわれは動き続けねばならない。われわれは<大いなる深淵>に行こうとしている。比類なき大自然だ」

 サンジェルマンといっしょでほんとうによかった。冒険の危険さや敵対する人々について心配する必要がなかった。敵対という概念すらここには存在していなかったのだが。でもぼく自身の探検の航海があった。シシーラである。この世界の片隅に腰を落ち着け、生涯のパートナーを見つける好機だった。ぼくはまさに好機を得たのだけど、彼女が同意したかどうかを知る必要があった。おそらくスタートポイントに立ったばかりなのだ。観光旅行ではなかった。彼女はぼくの考えを読んだかのように振り返り、にっこりとほほえんだ。それはぼくを勇気づけるほほえみだった。おばあちゃんはぼくたちが笑顔をかわしたのを見て、視線をそらした。

 <大いなる深淵>はじつに巨大だった。ぼくたちはホバークラフトからなんとか出ると、唖然としたまま立ちつくした。そこには前に飛び出さないようにフェンスが置いてあった。割れ目はどこまでも深く、向こう側はどこまでも遠かった。しかしシシーラはガイドをつづけた。フェンスは奇妙な型式で精製された鉄製で、門がついていた。その門の前に立ったのはシシーラだった。

「<大いなる深淵>にはあなたがたがまったく知らない人々が住んでいます。彼らは時の暁(あかつき)から住んでいるのですけど。おそらく永遠にここで生きていくでしょう。彼らは古代から巨人でした。13フィートから16フィート(4メートルから5メートル)もの高さがあります。体つきもがっしりとしています。現代人から見ると、奇妙な獣皮をまとった彼らはバイキングのようです。しかし彼らは戦士ではありません。彼らはわたしたちとおなじように働いています。ポジティブなエネルギーにあふれ、愛、幸福、ダンス、音楽もあります。

 残念なことに彼らはとても恥ずかしがり屋で、訪問者が好きではないのです。

 <大いなる深淵>は自立した王国です。彼らは独自の文化を持ち、ここに住む他の人々の影響を受けてはいません。道は深淵を降りていき、トンネルによって王国につながっています。中にはわたしたちとおなじ空があり、天体があるのです。彼らの太陽はわたしたちの太陽とおなじで、空気も同様に純粋です。彼らは農民です。興味ぶかいのは、農場に乳牛を持っていることです。乳牛は地上の牛とそっくりですが、とても大きくて色合いも異なっています」

 彼女が話している間に長くて黒い影が深淵の入り口に現れた。シシーラが手を振って追い払うと、それは立ち去った。

「なんと恥ずべきこと」おばあちゃんはため息をついた。「彼らに会いたいと思っていたのに」

「会ってもいいことは何もないでしょう」シシーラはほほえみながら言った。「彼らは意図せず脅威を与えてしまうのです。侵入者をおどすのです。さていまわたしたちは旅をつづけなければなりません。まず食事をとりましょう。向こうの木々の下に食べ物装置があります。しばらくの間、そこで休みましょう」

 マスター・サンジェルマンはおばあちゃんに向かってエレガントにお辞儀し、根が地中にあるテーブルへと案内した。イスは木の切り株だった。

 <大いなる深淵>ではティッチはナーバスだった。犬にとってここは危険な香りのする場所だった。ティッチはぼくの足元に坐った。そしておいしいベジタリアン・メニューをぼくとシェアした。シシーラはそれぞれに異なるメニューの皿を運んだ。スパイスと塩はたくさんあった。食べ物は信じられないほどおいしかった。地上のコックはおなじような料理を作ることはできないだろう。給士の仕方も魅力的だった。ほとんど芸術の域に達していた。

 つぎの停車場が待ち遠しくてしかたなかった。失望するということはなかった。ぼくたちが食事をしている間、サンジェルマンの姿はなかった。彼はおそらく食べる必要がなかったのだろう。

「彼は別の次元に呼ばれました。できるだけ早く戻ってくるはずです」シシーラは説明した。ぼくたちは急いで食べ終え、信頼のおける乗り物に戻った。

 つぎの停車場はジャングルの端だった。ここがジャングルであることは知っていた。地上に暮らしているとき、何度もテレビでジャングルを見てきたからだ。ぼくはいつも本物のジャングルをこの目で見てみたいものだと思っていた。しかしここはどこなのだろう? 

 まるでぼくの心の声を聞いていたかのようにシシーラは叫んだ。「わたしたちはいまアフリカのジャングルの真下にいます! 正確には、コンゴです。ここのジャングルは地上のジャングルとそっくりです。でも動物たちはみなおとなしいのです、脅かしさえしなければ。彼らは銃や弓矢を知りません。地上では邪悪なたくらみが野生動物に向けられています。これはあくまでも人間が作り出したものであり、引き起こしたものなのです。

 動物が動物を食べるのは自然なことです。食物連鎖の一環なのです。ここでは違っています。恐怖を見せなければ、だれからも攻撃されることなく歩くことができます。恐怖を感じたときのみ、動物は威嚇的になります。落ち着きましょう。そうすれば危険はありません。縦列で歩きましょう。わたしが導いていきましょう。動物には慣れていますので」

 彼女はぼくたちにあとを追うよう指示を出し、細い道を先頭に立って歩いた。突然、エドムンドが止まった。

「ジャングルはもう十分です」彼はそう言いながら、シャツのボタンをはずし、腕を出した。鮮やかな赤いキズが左腕から肩にかけてのびていて、あやうく心臓に達するところだった。

「虎に近づきすぎたんです」と彼はつづけた。「私の友だちが追っ払ってくれたおかげで生き残ることができました。そうでなかったら、私は殺されていました。友だちのひとりは腕のいい医者でした。ツーリスト・センターに外科手術用の器具がそろっていました。医者は傷口の消毒をおこない、縫合してくれたのです。ジャングルは私にとってちっとも面白い場所ではないのです」

「ここでは何も恐れる必要がありません」シシーラは静かに言った。「安全を保障します。ほかの場所のようにここにいることはできません。コンゴはアガルタのこのジャングルとはまったく異なっています。動物は挑発されなければ襲うことはありません。ティムと歩いてください。安全を感じるでしょうから」

「おかしな格言を言うことができるよ」ぼくはほほえみながら断言した。「危険な動物はいない、危険な女はいても」だれもが笑った。そしてぼくたちはジャングルのほうへ進んでいった。

「これを見て!」レックスは言った。「この木に登る花たちを見て。一種の蘭なんだろうけど」

 彼の落ち着いた声によってジャングルの中の植生のことがわかった。彼はここに来たことがあったのだ。突然この豊かな葉群が牧場に向かって開いた。

「ほんの一瞬、地面に輪になって坐ってくださるかしら」シシーラはぼくたちに指令を与えた。

「恐怖は置いてください。ここで動物たちと会うのです。これはあなたがたにアガルタの居住許可が与えられるかどうかのテストなのです。臆病者は家に帰します。目を閉じてください。わたしがホイッスルを鳴らすまで、目をあけないでください」

 ぼくたちは甘い香りの花々、熊蜂、蝶々に取り囲まれ、エメラルドの草の上に輪になって坐った。草は牧場の草ほどには丈が高くなかった。花々は低くて地面に近かった。目を閉じると天界の香りがふわふわと漂っているのがわかった。それらは静けさとやすらぎをもたらした。

 シシーラがホイッスルを鳴らした。ぼくは目をあけた。

 動物たちが森の暗闇から這って出てくるのが見えた。ライオンや虎、象、大小の猿、シマウマ、キリン、茶色の熊が出てきた。シシーリャは撫でるようなメロディーを笛で奏でた。動物たちは魔法にかけられたかのようだった。

 エドムンドはぼくのとなりにいた。ティッチはぼくたちの間にもぐりこんできて、前足の上に頭をのせて休みの姿勢をとった。犬は鼻をクンクンさせてすべてを監視した。しかしぼくが命じたとおりにおとなしくしていた。

 動物たちの列はつぎつぎと押し寄せてきた。エドムンドはぼくのシャツの袖をとり、強く握りしめた。彼は青ざめていた。動物たちはシシーリャの前にやってくると、頭を下げた。彼女は動物の耳や鼻をかきむしった。催眠術にかけられたかのようだった。みなが催眠状態に入ったのではないかと思った。なぜならこんなことが起きるはずはなかったからだ。動物たちは歌いながら、編隊を組んで、ぼくたちの前を通り過ぎていった。野生動物の強烈なにいで息が止まりそうだった。

 シシーラはホイッスルを置き、かわりに両手を口にあてた。彼女が生み出す特別な音によって、その効果が如実に動物たちに及んだ。彼らはばらばらになり、森へ向かって走り出した。

「あなたたちは休んでください」ガイドである彼女は大きな声で言った。「あなたたちだけで動物に会っていたら、おそらく何も起きなかったでしょう。わたしたちが動物に敬意を払っているので、動物たちもわたしたちに敬意を払うことを学んだのです。さて、今日の予定はこれでおしまいです。望むなら、あすつづきをおこないましょう」

 エドムンドはほっとため息をつくと、シャツの袖を握っていた手をゆるめた。彼は大量の動物たちの光景に圧倒されていたのだ。身が軽くなった彼は、近くのホバークラフトにひょいと乗った。

 ぼくたちもそれにつづいた。おばあちゃんだけが花をつんでいたが、シシーラはとがめるようなことはなかった。

「おわかりでしょう」ガイドである彼女はやさしく言った。「わたしたちは花をつむことを許されていません。栽培者だけが必要な分だけを取ることができるのです。あなたが花を摘んだとしたら、花のグループの魂に干渉したことになります。永遠に風穴を開けてしまったのです。修復することは不可能なのです。
 花々は、その香りやスパイスのために、また食べられるために摘まれることを知っています。勇敢にも、摘む人々に対し、助けと赦しを祈りながら、身を任せるのです。ここのものは、もし人々によって生み出されたものだとしても、すべて生きています。それは全体調和のとれた生活スタイルの秘密のひとつです。それはここの標準なのです。生きている想像のシステムなのです」

「なんて興味深いことかしら」おばあちゃんはほほえみながら言った。「もう花は摘まないわ。約束する。ここで生きていくなら、ルールを学ばなければね」

 ぼくとティッチは乗り物に乗り込んだ。レックスはすでにおばあちゃんのとなりに腰かけていた。ホバークラフトは離陸した。

 


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