アガルタ 

18 愛の結合 

 

 ホバークラフトはぼくたちの家の近くに着陸した。シシーラはおばあちゃんの家に入った。動物たちと会ったあと、牧場を去るときにぼくは軽くシシーラとキスをした。木立ちの中だったので、ぼくたちの姿はだれにも見られなかった。おばあちゃんは、でも、すべてを知っているふうで、喜びの笑みを隠さなかった。

 地球のこちら側では、女をくどくにはどうしたらいいのだろうか。人生の残りを――それはとても長いものにちがいなかった――ぼくはシシーラと過ごしたかった。彼女との間に子どもがほしかった。この魅力的な場所で子どもたちが成長する姿を見たかった。それはあっという間のできごとかもしれない。しかし同時にここでは時間の概念が違ってもいた。

 ぼくたちはおばあちゃんの家に行き、安楽なソファに坐った。おばあちゃんがキッチンと呼ぶ場所に行ってお茶をつくる間、ぼくはシシーラの手を取り、彼女の目の奥をのぞきこんだ。

「ぼくの妻になってくれるかい?」とぼくはたずねた。ここで結婚というものがどういうものなのかわからずに。シシーラはほほえみながら寄りかかってきて、ぼくの頬にキスした。そしてステップを踏みつつ、歌いながら「ええ」とこたえた。ぼくは立ち上がり、おばあちゃんがお茶のトレイを持って戻ってくるまで彼女と踊った。

「エミリーおばあちゃん、ぼくたちは結婚します!」ぼくはうれしくて叫んだ。「シシーラが同意してくれたんです。いまからいろいろとプランを立てます」

「ダブル・ウェディングね!」おばあちゃんは高らかに笑った。「いまちょうどレックスからの結婚の申し出を受け入れたところよ!」

 シシーリャは狼狽してぼくたちのほうを見た。「ダブル・ウェディング、つまり結婚するということ?」彼女はたずねた。「ティム、わたしはあなたの妻になるわ。セレモニーはもちろんおこなう。エミリーも結婚するということ? レックスと? 地上では普通なの?」

 おばあちゃんは(目は涙であふれていた。おばあちゃんはいつだって情緒的だ)結婚の衣装や教会について説明した。また牧師や指輪の交換のことにも言及した。

 シシーラは目を丸くして聞いていた。

「わたしたちとは習慣が違うみたいね」と彼女は静かに言った。「わたしたちのやりかたは見ていて。あなたはわたしたちの<愛の結合>に歓迎されるでしょう。それはあしたの晩、見ることができます。ティム、なにも問題はないでしょう?」

 ぼくはうなずいた。世界一すてきな女の子とぼくは結婚しようとしている。なんという甘美な夢! ぼくは本当にこまかいことには思い至らなかった。日々は地上とおなじように過ぎていった。あたかもたかが時間の経過の感覚にすぎないかのように。シシーラが家に帰っていったとき、ぼくの部屋のドアがノックされた。マヌルだった。ぼくは彼と会えたことがうれしかった。決まったばかりの<結婚>について話したくてたまらず、ぼくはそのことについてたずねた。

「地上の結婚とはまったく違っています」彼はぼくの背中をポンとたたき、笑いながら言った。「それは<愛の結合>です。男女がずっとともに生きていくことを決めるのです。教師は結合を祝福します。離婚というものはありませんが、もしどちらかが死ねば、結合は壊れることになります。結合が始まるまえにほかの選択肢もあります。ここには牧師はいません。身体と魂の象徴的な結合があるだけです。

 あなたがたは白い服を着ることになります。王冠もベールも着用しません。衣服は白でさえあればなんだって大丈夫です。多くの場合、将来の書かれていないページのために白い長衣を着ます。夫婦は単独でいることも、親戚や友人に囲まれて暮らすこともできます。だれもがともにいることを好むので、結婚したカップルが他の人々と離れて暮らすのはまれです。ポルトロゴスには特別な新婚用スイートがあります。多くの人はそこで結婚します。<招待者のみ>なんて存在しないので、見学人だらけになります。レセプションはずっと開いていますし、食べ物と飲み物もどこにでもあります」

「なんだかエキサイティングだな」ぼくは言った。「結婚指輪はどうすべきなのかな」

「お互いに宝石を贈るといいでしょう。なんだったらわたしが手助けします。女性は一種のトークンみたいなものを好みます。でなければ結婚を識別できるものはなにもありませんね。今夜が独身としてのあなたの最後の夜になります。家に帰ってぐっすり眠るといいでしょう。心の中で後悔しないということがもっとも重要なのです」

「入り口はあっても、出口はない」ぼくはジョークを飛ばした。「100パーセント、後悔はない、と断言できます」

 マヌルは言った。「わたしがここにいるのは、アーニエルがタウンホールでティム、あなたを必要としているからです。彼はあなたの将来の仕事について議論したがっています。いま、あなたはすでにわたしたちのメンバーのひとりです」彼はぼくの背中をポンとたたいた。

「シシーラはここに生まれたので、外の世界についてはほとんど知りません。わたしたちは結束の旗のもとに一体なのです。円は結束を表しています。そしてシンボルとして頻繁に使われます。あなたとあなたの花嫁のために円の宝石を見つけたら、あす、戻ってきます」

「エミリーもこのことを知るべきです」ぼくは声を大にして言った。「おばあちゃんはレックスと、おそらく同時期に、結婚しようとしています。それは可能ですか?」

「それはすばらしいことですね」とマヌルはこたえた。「しかし伝統について知らなければなりません。わたしは彼らを助けることができます。というのもレックスはまだすべてを知っているわけではないからです」

 公明正大な友人が後ろのドアを閉めたとき、ぼくは安堵のため息をついた。彼が近くにいてくれるのは本当に助かった。夜明け前に――見えなくてもそれが到来するにはわかった――数時間眠る必要があった。ぼくはすぐに赤ん坊のようにスヤスヤ眠った。そしてティッチがぼくのおなかに両前脚を置き、顔をペロペロ舐めるまで起きなかった。突然の目覚めだった! 

 犬の後ろに立っているのはマヌルだった。手に何か白いものを持っていた。それはぼくの結婚衣装だった。燕尾服もディナー・ジャケットも含まれず、それはソフトパンツやバギージャケット、くるぶしまでの長いマントなどだった。マントには派手に装飾された肩の飾りがついていた。

「さあ、行きましょう」マヌルは頭を傾けてジロジロとぼくを見た。それからティッチの黒い首に輝く白いバンドを巻いた。犬は少なくともそれをいやがってはいなかった。犬はあくびをし、マヌルのほうをじっと見た。マヌルは手に並はずれて美しい宝石を持っていた。それはダイアモンドが輝くペンダントがついたネックレスだった。ダイアモンドはここでは普通にあるものだったが、美しかった。ペンダントはハート形で、真ん中にルビーがあった。これは金細工師の作品だった。

「愛の結合は朝、ここでおこなわれます」とマヌルは言った。「できるだけ早く。あなたのおばあちゃんと花婿は準備万端です。あなたの花嫁も結婚のスイートルームでいまかいまかと待っています」

 ぼくは急いで外に出て待っているホバークラフトに乗り込んだ。ポルトロゴスに着陸するとマヌルに誘導されるまま曲がりくねる回廊を通り、上へ、下へと進み、テンプル・ホールを抜け、ガーデンの内側へと入った。どこへ行くにもソフトな音楽がついてきた。ぼくたちはあるガーデンの門の前で止まった。それには蝶とバラの装飾が施されていた。ぼくたちは花々に包まれた高台のエリアに近づいていた。

 シシーラはそこにいた。輝くような美しさにぼくの胃はねじれてしまいそうだった。ぼくはため息をもらした。ぼくとおなじく彼女は白い衣に身を包んでいた。彼女のくるぶしまで伸びた白いドレスは月光のように輝き、驚くべき髪は頭上でダイアモンドによって結ばれていた。ぼくの贈り物は彼女の胸の上で輝いていた。またハート形のペンダントがついたチェーンを手に持っていた。彼女はチェーンをぼくの首にかけ、ぼくの手を取った。かたわらにはおばあちゃんと花婿がいた。ふたりとも白い衣をまとっていた。彼女がおばあちゃんとは、すぐには気づかなかった。長くて白い髪、バラのような頬、ヤグルマギクのような目からあふれる喜びの涙の女性はとても魅力的だった。レックスはとても美男子で、目鼻立ちの整った顔、浅黒い肌によっていっそう先住民のように見えた。

 影から突然マスター・アーニエルが現れた。彼はぼくたち四人に向かってほほえんだ。それからそれぞれの前にやってきて、両手をぼくたちの眉の上に置いた。あとで彼はシシーラとぼくを手招きし、柱に囲われた基壇(ポディウム)へと導いた。

「妻をハグして!」彼はそう命じた。ぼくたちは近づいて立ち、抱擁した。その間も驚くべき音楽は奏でられ、時は止まったままだった。信じがたい力がぼくたちを囲い込み、その他のすべてのものは消え去ったかのようだった。ぼくたちはひとつだった。全体的に結ばれたかのようだった。お互いの中に生きているようでもあり、互いに相手になったかのようだった。それは魔術的な瞬間であり、同時にいつまでもつづくかのようだった。それがどれだけ長くつづくのかはわからなかったが、永遠のようでもあった。ぼくたちの時間でいえば数分だったかもしれないけれど。

 音楽は鳴りやみ、アーニエルはぼくたちにポディウムを去るようにとしぐさで示した。おばあちゃんとレックスがそのあとポディウムへと上がっていった。ガーデンには四つの花のイスがあった。ぼくたちはそこに坐り、いましがた経験したことを思い浮かべた。ぼくたちはなおも手を取り合い、互いを愛の目で見つめ合った。おばあちゃんとレックスも加わり、三十分の間、ともに過ごした。アーニエルはすぐ近くにいたのではないかとぼくは感じていた。

「さあ、あなたがたは結婚生活に加わったのです、地上の言い習わしによれば」とアーニエルは言った。「このセレモニーに言葉が必要だとは思いません。好きなように呼んでいただいてけっこうです。家に帰ってくださってもけっこうです。おそらくたくさんの人が集まっているでしょう、祝福するために。ああ、ここもすでに人でいっぱいです」

 彼が言い終える前にガーデンは人々とエレメンタルであふれていた。エレメンタルはちらりと光って見えるだけだった。アーニエルはぼくの混乱を見て取り、ぼくの肩に手を置いた。

「シシーラの親戚や友人の一部は五次元的なのです」と彼は語った。「彼らは不明瞭かもしれませんが、すべてにおいて献身的な人々なのです」

 ぼくたちは結婚式のゲストに圧倒されていた、もしゲストと呼べるのならだが。彼らはみな門破りだった。招かれていたのはエドムンドだけだった。彼はウェンディとピエールを連れてきていた。ダンスがはじまった。明るい歌声が流れた。それはだんだんと早く旋回し、ぼくたちの思考や感覚のなかに浸透していった。リズム、激しいダンス、楽しくて感動的な音楽に満ちた空間は、鼓動していた。そのときどこからともなくサンジェルマンがあらわれ、ぼくたちをハグしたときはうれしかった。

「またすぐにわれわれは会えるだろう」と彼は言った。「シシーラをガイドの職から解こうとしている。結婚したばかりだからね。わたしがあとを引き継ごう」

 結婚のセレモニーの間、だれかがティッチをつなぎとめていたのだろうか。いま、解き放たれた犬は人の間をすり抜けて、ぼくのそばにやってきた。頭を高くかかげ、警戒は怠らなかったが。ダイアモンドの首輪が黒い首の上に輝いていた。そして人々は安全な距離に身を置いた。

「家に帰りたいな」と、ぼくは花嫁の耳元でささやいた。彼女は目を輝かせながらうなずいた。彼女はぼくの手を取り、ティッチの首輪をつかんだ。するとすべてが一瞬のうちに消え去った。つぎの瞬間、ぼくたちは家にいた。そしてティッチは寝床のほうへと退いていった。

 
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