あやしげの海を泳ぐ  目次             宮本神酒男

20世紀最大の女性霊能者アイリーン・ギャレットの真実
アラン・アンゴフ著『アイリーン・ギャレットと超感覚世界』(2009)

はじめに

 英文の本を購入するとき私はいつも米アマゾンのレビューを参考にしている。著名な霊媒であるアイリーン・ギャレット(18931970)が気になったので、例のごとくアマゾンで検索すると、何冊ものアイリーン関連の本がリストアップされた。そのうちの一冊がアンゴフ著の伝記本『アイリーン・ギャレットと超感覚世界』だった。レビューはわずかひとつで、採点は五つ星だった。五つ星評価は結構なことだけれど、レビュー数が少ない場合、友人や関係者の可能性もあるのであまりあてにならない。しかしそのたったひとつのレビューの書き手の名を見ると、チャールズ・T・タートだった。

 タートといえば超心理学の分野ではよく知られた学者で、『サイパワー』や『覚醒のメカニズム』などの邦訳も出版されている。じつは私は『物質主義の終わり』というタートの最新刊(2009)を買ったばかりだった。この本のなかでタートは、科学と霊性(スピリチュアリティー)は相いれるかどうかを問うている。

長年にわたってタートが検証実験を試みた「霊性」は、テレパシー、透視、予知、念力、心霊ヒーリングなどだった。彼はそれをビッグ5と呼び、数多くの実験によって検証されたサイ現象として、カテゴリー1に分類している。カテゴリー2に属するのは、体外離脱体験(OBEs)、臨死体験(NDEs)、死後のコミュニケーション(ADCs)、そして死後の生存などだった。これらもまた霊媒や転生の事例を通して検証されるとタートは考えていた。

 こういった用語を見るだけで「胡散臭い」と思う人も少なくないだろう。これはオカルトにちがいないと決めつける人もいるかもしれない。いっぽうでスウェデンボルグやシュタイナーのような神秘主義的著作家の霊性を思い浮かべる人もいるかもしれない。しかしタートはあくまで科学者であり、サイ現象があるかどうかを実験によって確かめようとしてきたまっとうな研究者である。思想家グルジェフに心酔してきたので、グルジェフ教団がカルトだとすれば、カルト信仰者ということになってしまうかもしれないけれど。

 幸いなことに、偉大なる霊媒アイリーン・ギャレットの後半生とタートの学者としての駆け出し時代が重なり、タートはアイリーンから学生としては十分な援助資金を受け取ることになる。アイリーンはもともとすすんで科学者たちの実験の被験者になることが多かったが、さすがにこの時期は老齢にさしかかっていたためか、スポンサーという立場で若きタートと接した。アイリーンは超心理学財団を設立していたので、当然その財団から有望な超心理学の研究生に助成金が出されたのだろう。

 タートは当時のことを回顧しながら、つぎのようなレビューを寄せた。(一部略)


 50年以上も前、私がまだ大学生だったとき、世界でもっとも有名な霊媒であり、超心理学の協力者でもあったアイリーン・ギャレットから、私にとって最初の助成金となる100ドルを受け取った。貧乏学生の私にはちょっとした幸運だった、そのお金でテープレコーダーやテープを購入し、MITの学生仲間数人を実験台として、体外離脱体験を導き出す催眠暗示の実験を試みることができたのだから。実験結果はあいまいなものだったが、超心理学の研究を進めていきたいという願望は明確になり、そのとき以来、私のプロフェッショナルとしての時間の3分の1はそれに費やされることになったのだ。私にチャンスを与えてくれたこの洗練された、ただならぬアイルランド人女性は何者なのか。

 彼女は成功したビジネスウーマンであり、出版者であり、ラボでは実験台となった(実際数々の興味深い結果をもたらした)サイキックだった。多くの人から世界でもっともすぐれた心霊術者にして霊媒といわれながら、なおも開かれた心をもち、実際に起こるさまざまなことにたいし尽きない好奇心をいだきつづけた。

 彼女は、サイキックの研究を促進するために、超心理学財団を創設した。著者のアラン・アンゴフ氏は、長年の間そこでアイリーンのために働き、彼女のことをよく知っていた。この本は、アイリーン・ギャレットの人生および業績について書かれた魅力的な評伝である。  

 アイリーン・ギャレットが本物の霊媒であったかどうかは、意見が分かれることであろう。懐疑主義からすれば、霊媒術そのものが真実ではありえず、霊媒師はイカサマということになる。もしいま霊媒術を科学的に実証できると主張したなら、その学者は職を追われることになるかもしれない。20世紀前半、英国では降霊会がさかんに行われたが、イカサマがばれるというケースもたびたびあり、科学者はしだいにこの分野から手を引くようになった。とはいえ、近い将来科学的実証がなされる日が来るのではないかと考える学者が少なくなかったのも事実である。

 人間には隠れた能力があることをいかなる科学者も否定することはできないだろう。最近ではたとえば盲目の人々のエコロケーションが注目されている。エコロケーションとは、イルカやコウモリのようにクリック音(舌打ち)を発してレーダーのように環境を「見る」ことをいう。ダニエル・キッシュさんやファン・ルイスさんが障害物をよけながら歩く姿がテレビで紹介され(201112月にNHKでも紹介された)大きな反響を呼んだ。テレパシーや透視なども人によっては、あるいは訓練によっては十分に「感覚」と呼べる領域に達するのではなかろうか。

 

 アイルランドの片田舎に生まれたひとりの女性が欧米に広く名のとどろく高名な霊媒となった。これは彼女に大きな力があったか、人をひきつける魅力があったからにちがいない。あるいは、懐疑主義に言わせれば、偉大なるペテン師だったということになるのかもしれない。ともかくもアイリーンの周辺にはつねに期待と懐疑と驚愕と称賛が渦巻いていて、騒がしかった。

 多くの著名な科学者が彼女に実験を申し入れ、彼女もよろこんでモルモットとなることを受け入れた。彼女は自分の能力に自信を持っていた。それがどんな能力であるにせよ、人並み外れた能力であることにちがいはなかったのだ。

 アイリーンは居眠りしながらトランス状態に入り、アラブ人のウヴァーニなどいくつかの人格が現れ、死者からのメッセージを伝えるという独特の霊媒スタイルを持っていた。死者が直接現れることもあったが、通常はこのウヴァーニが現れ、死者との間を取り持つのである。

 ジェームス・ヒューワット・マッケンジーらアイリーンの周囲にいてサポートしてきた人々は、ウヴァーニが死者の世界からやってくるものととらえていたが、じつはアイリーン本人は彼が無意識下からあらわれる人格だと考えていた節がある。彼女はいわゆる多重人格者なのだろうか。マッケンジーほどには心の底から心霊学を信じていなかったのかもしれない。

 とはいえアイリーンは亡霊がとりついた屋敷の霊を祓うなど実績を積み重ね、心霊学の世界に霊媒としての不動の地位を築いていく。彼女はロンドンからニューヨークに拠点を移すと超心理学財団を設立し、超心理学(パラサイコロジー)という新しい学問ジャンルの礎となるとともに、出版事業にも乗り出した。彼女は一代で財を成した敏腕のビジネスウーマンでもあったのだ。

タートも重要なできごととして著書に詳しく書いているが、アイリーン・ギャレットの名を世に知らしめるきっかけとなったのは、1930年に英国からインドをめざした飛行船R101の墜落事故を予見したことだろう。惨劇のシーンを予知して警鐘を鳴らしただけでなく、事故のあと死者と交信したことで彼女は一躍注目の的となった。当時ライバル国ドイツの飛行船ツェッペリン号がつぎつぎと飛行記録を塗り替えていたが、R101は英国国民の期待を一身に背負った飛行船であり、欧米の多くの人が注目していた。それだけに飛行船が墜落したとき英国民が受けた衝撃と悲しみははかりしれないほど大きかった。その原因を知ろうにも機長らはみな死亡していた。墜落の原因を解き明かしたのはひとりの霊媒、すなわちアイリーン・ギャレットだった。

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