(3)コナン・ドイルの霊は語る

 アイリーンの名をさらに高めるきっかけになったのは、アーサー・コナン・ドイル卿の霊を呼び出したことだろう。1930年11月7日、アーウィンの霊が話を終えたあと、アイリーンは深い眠りに落ち、重苦しそうに息をしていた。すると突然彼女の身体は激しい痙攣に襲われ、それがおさまるとウヴァーニが現れた。ウヴァーニはアラビア語アクセントの英語でしゃべりはじめた。

「年を取った人がいます。なぜ私がここにいるのかわからないが、5日前にSOSが送られたと言っています。(ちょうど5日前にプライスは降霊会をセッティングした)彼はやってきてあなたたちと話をしようとしています。彼は背が高く、太っていて、歩くのが困難ですが、それでも楽しんでいます。おしゃべり好きですが、一方で寡黙を守ることもあります。陽気で勇敢です。深く青い目、垂れ下がった髭、頑丈なあご。子供のような頑固さをもっています」

 アラビア語アクセントは消え、癖のない英語の声がやってきた。

「私はここにいる。アーサー・コナン・ドイルだ。さて、どうやって証明いたそうか。私がどこにいるかあんたがたに教えてあげたいよ。地球の外側のベルト地帯にいるのだ。そこに私は存在し、生活しておる。地球とおなじ構造なのだ」

 ロンドンやニューヨークで開かれた降霊会で、コナン・ドイルとプライスはよく心霊現象について意見を異にすることがあった。

「われわれはいつもぶつかりあったが、それはあなたが悪い」とドイルは言う。

「われわれはおなじ目的をもっていたが、やりかたが違っていただけです」とプライスは返す。

「私はいつもあなたが何をしようとしているのか注目していた。率直に言うけどね、私はいつもあなたを見ていたし、あなたも籠の中の小鳥を見る猫みたいに私を見ていた。心霊研究にお金を出していたのは私だからね」

「でもアーサー卿、この5年間は私もあなたに負けないほど出していたのですよ」

「そうだね、君。握手をすべきだね。多くの人は私がお金を使って心霊主義をおおげさに宣伝しているなどと非難するけど、実際はビジネス全体のなかでは微々たるものにすぎなかった」

 コナン・ドイルの霊との会話はこのようにして続いた。アイリーンはそのとき深いトランス状態にあった。ドイルはプライスがよく知っている生前の姿そのものだった。

 あるときプライスは友人のイアン・コスターを紹介した。ドイルは「自分のテリトリーのことならどんな質問でも受ける」と答えた。コスターはこの眠れる女性の口からシャーロック・ホームズの作者の声が出てくるのが不思議でならなかった。

「お伺いしたいのですが、あなたの作ったキャラクターのなかでどれが一番のお気に入りですか」

「君は私の弱点に触れているよ」とドイルはやさしい口調で言った。「私はロドニー・ストーンを書くのが楽しかった。それは私の一面を表していたのだ。だから私が病気になり、私の肩にのしかかる現実とうまくいかなくなったとき、そのキャラクターを見守り、はらはらしたものだった。しかし彼だけに愛情をそそぐのは公平じゃない。ナポレオン的なストーリーのジェラード准将も愛していた。私にもっとも多大な楽しみを与えてくれたのは准将かもしれないな。年を取るにしたがい、この暴れん坊といっしょに人生のハイウェイを駆けることができたのだよ」

「あなたの現在の状況について、何か教えてもらえますか」

「みな驚くかもしれないが、こちらの世界は私がもといた世界とよく似ているのだ。そちらでやっていたこととおなじことをしているよ。こちらでも残念なことに暗黒面もまた暗黒面だ。痛みは終わらないが、感情は何度も生まれなおして強くなるのだ。インスピレーションは得やすくなる。邪悪なものとはうまくやらなければならないがね。こちらは天国でも地獄でもない。その組み合わせのようなものだ。信じてほしいが、それははじまりにすぎないのだ。それは転生の理論を確信させるものであり、魂はいくつもの世界を経るものなのだ。それは身体のかたちをとった私の魂なのだ。科学者は賛同しないだろうが、私は依然として物質だ。私は地上に存在する人間だと感じる。生きている妻と接触することができる。たぶんほとんどの友人は気づいていないだろう。彼らは私と接触していることを感じ取ってはいるのだが。その点について妻に手紙を書いたよ。私は自分の部屋で家族とコミュニケーションを取りたいと思っている」

「できるなら教えていただきたいのですが、霊媒のなかには天才、部分的な天才、あるいはペテン師もいるのでしょうか」

「霊媒のなかに純金もあれば、そうでないのもいる。われわれは純金を探し求めているのだ。それが心理的(メンタル)においても、物理的(フィジカル)においても、それがmodus operandi(手口)なのだ」

 コスターは話をしているのが死んだ人間かどうかに関しては懐疑的だった。しかしその午後の体験は貴重だったと述べている。

「私は強い印象を受け、うれしかった。まるで生きている人と話しているかのようだった」

 彼はアイリーンから強い印象を受けると同時に困惑した。航空学の専門知識を持ったアーウィンの声が彼女の口から発せられたのは不思議だった。ペテンはありえないことだった。20年後、彼は書いた。

「あのときのことが今もよみがえる。今も驚いているのだ」

 ハリー・プライスもまたそのときのことを説明できないでいた。本当にシャーロック・ホームズの作者であるコナン・ドイルがやってきたのか、それともアイリーン・ギャレットの潜在意識がしゃべっていたのか。それとも恐るべき演技力でもって演じていたのか。ただ彼女が正直であることは確信していた。ドイルは生きているドイルの頭脳から現れたものだった。それは結晶化し、トランス状態の霊媒によって取り出されたものなのだ。それはラジオのチューンを合わせるようなものだ。この理論は説得力がないかもしれないが、精神を規定する仮説だってその程度のものだろう。

 

 公平を期すためにも、ひとつの事実を記しておきたい。それはアイリーン本人が晩年のコナン・ドイルをよく知っていたことだ。ドイルの話し方、癖、雰囲気を日頃から観察していたかもしれない。とはいえ、たびたび論議を交わしていたハリー・プライスをも納得させたのは、簡単には説明できない。あるいは生者の側からの期待が大きいと、ありえないような現象をも信じたくなってしまうのだろうか。


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