(9)霊媒であることを自覚する
ロンドン心霊者同盟の秘書はミス・マーシー・フィリモアというてきぱきとした魅力的な女性だった。彼女はアイリーンの心優しい友人になった。彼女はアイリーンに研究会を成す5人のメンバーを紹介した。彼らは大量の本を読み、心霊主義のさまざまな問題点について論議した。
6人の女性の研究グループは週に一度、サウス・ケンシントンの協会の暗いオフィスで会合を開いた。オープニングで神への祈りを復唱すると、彼女らは指の先をテーブルの上に置き、テーブルの脚で床を叩きながら、死者からのメッセージを文字という形で受け取ると称した。毎週毎週、会合ごとに、メッセージの生まれる速度は早くなった。アイリーンは家にもどってから、懐疑的だが心やさしい夫や友人に手伝ってもらって同様の実験を行った。あるとき夫の従兄弟が見えないメッセンジャーに「自分(従兄弟)はどこで生まれたのか」とたずねた。彼自身生地について知らなかった。メッセンジャーは通りの番号まで答え、それはあとで正確であることがわかった。
3回目の女性研究会はそれまでと雰囲気が違った。会合がはじまってすぐアイリーンはうとうとしはじめ、深い眠りとしか表現のしようがない状態に陥った。マーシーを含む他の参加者はアイリーンを昏睡、あるいはトランスから起こそうとした。しかしその間彼女の口から発せられたことばは、メンバーの死んだ友人や家族親戚のもので、アイリーンが知るはずもなかった。それらは死者からのメッセージだったのだ。アイリーンは眠っている間に話したことは何一つ覚えていなかった。一時間後に目覚めたとき、彼女はめまいと吐き気を覚えた。
しかしいつも懐疑的だった夫のジム・ギャレットは、この話を聞き、悪ふざけとしか思えない超常現象とやらにたいして怒りが収まらなかった。アイリーンには、ロンドン心霊者同盟をただちに脱退し、毎週の研究会も参加せず、すべての気味悪いナンセンスにかかわらないよう要求した。
アイリーンは超常現象や精神世界のことを忘れようと努力したが、マーシー・フィリモアがやってきてアイリーンに起こったことをさらに掘り下げるべきだと言った。マーシーもほかの女性も何が起きたのか理解できなかったが、それがきわめて重要なことであることはわかった。なぜ彼女だけが眠り、死んだ友人や親戚のことばが彼女の口から出てきたのか不思議だった。
マーシーはこの現象について説明できそうなひとりの男を知っていた。ロンドン南部ラムベス(Lambeth)に住むフンリ(Huhnli)という名のスイス人だった。
アイリーンはフンリを訪ねて、彼がやさしくて気取りのない人間であることを見てとった。フンリは、マーシーからの手紙を読んでだいたいのことは理解していたが、アイリーン自身の口から聞きたかったので、起こったことを話すように促した。椅子に座って話し始めると、アイリーンはまたもうとうとしはじめた。そして研究会でそうであったように深い眠りに落ちていった。
目覚めるとフンリが彼女の顔を見ていた。フンリはアイリーンに彼女がトランス状態にあったこと、彼女が霊媒としての能力をもっていることを告げた。アイリーンはトランスということばを聞くのははじめてだった。他の人格が彼女を支配し、フンリの質問に答えていることがわかった。
「あなたが眠っている間に、あなたの身体を占め、支配する者と会話しました。その男は並外れた知性をもっています。彼が称するには東洋人ということです。死後存続理論を実証するために力を尽くしたいと彼は言っています。彼の名はウヴァーニです」
フンリとの最初の出会いは、アイリーンにとってはひどい体験だった。アイリーンはトランスや霊媒について論じたくなかったので、そそくさと出ていった。帰りのタクシーのなかで、彼女はフンリが示した考えを思い出し、それを必死で拒もうとした。東洋人が自分の意識領域を侵したなんて認めたくなかった。帰宅後、起きたことをありのままに夫に話すと、夫は、もしそれが本当なら頭がおかしくなっていると言った。
「何週間も部屋の中では明かりなしに眠ることができなかった。毎日していることすべてをウヴァーニという男は見たり聞いたりしているのだろうか。この東洋人がたんなる想像の産物でないとしたら……。東洋に興味のない私が東洋人を作り出すだろうか」
アイリーンは東洋人がどこにでもついてきて、プライベートな部分までのぞくということが耐えがたかった。彼女はフンリのもとを訪ね、そのことについて聞くと、「ウヴァーニはスパイではないので、プライベートなことには興味がない」とフンリは答えた。
フンリはさらに、アイリーンが準備を整えないかぎりウヴァーニはしゃべることはないだろうと言った。つまりトランス状態に入る必要があった。それを拒むことはできるのかと聞くと、彼は言った。
「もしトランスを拒みつづけたら、あなたの健康に重大な害をもたらすかもしれない」
なぜならウヴァーニは死後存続を証明したがっているからだという。その力はすさまじく、それを拒むことから発生する緊張によって病気が引き起こされるのだ。
フンリはつぎにウヴァーニが現れたとき、さまざまな質問をしてもいいという約束を本人からとりつけた。しだいにウヴァーニを訓練をしていき、もっと協調的にさせるのがフンリの目的だった。
アイリーンはそうして最終的に自分が「メンタル・ミディアム」(霊媒)であることを自覚するようになった。
夫のジムはアイリーンを精神科医に見せ、治療を受けさせようとした。しかしアイリーンは自分の中に発見した能力をもっと知りたいと思った。そうするうちに夫は仕事で大陸にしばらく滞在することになり、彼女は解放された。しかし彼女は体調を崩し、喀血し、何週間もベッドですごすことになった。
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