(12)マッケンジー、アイリーンに厳しい訓練を課す

 英国心霊科学カレッジでアイリーンははじめてマッケンジーと会った。マッケンジーは死後存続を信じ、霊媒によって死者と生者の会話が可能だと信じて疑わなかったが、アイリーンは信じず、ただ自身のトランスの意味を知りたいだけだった。彼女ははじめてこの近寄りがたい雰囲気の中年のスコットランド人に会ったときから、心霊現象の理解において彼にまさる者はいないと感じた。

 マッケンジーは実際にアイリーンのトランスを見て、恐るべきサイキック・パワーを持っていると思った。またトランス中に彼自身、ウヴァーニとの会話を試みた。しかしマッケンジーは死後存続の証拠をつかむことはできなかった。ウヴァーニが死の世界から語りかけてくることはたしかだったが。証明のためにはある種の訓練が必要だと考えていた。質の高いコミュニケーションをするなら、また死後存続を証明するなら、支配霊をトレーニングすることが必要だった。彼女を通してしゃべる支配霊がいたが、意味のニュアンスと真実の純粋さは適切な指導を受けた支配霊によってのみ把握することができたのだ。トランスの霊媒に関しては立証する必要もなかった。しかし不幸なことにアイリーンのような人々のなかにその能力が発見されても、支配霊の力はささいなことに向けられ、その潜在能力は生かされたためしがなかった。行方不明のシチュー鍋やおじいちゃんの手紙はどこかといった質問に死者の世界から答えるのはなんと無意味なことだろう。

 トマス・ヘンリー・ハクスリーが、心霊現象が本当であろうとなかろうと興味がないと言ったのは、そういった理由からだった。「死んだあと、降霊会の霊媒を通じてくだらないおしゃべりをするくらいなら、街頭清掃人でもしていたほうがましさ」と心霊主義にたいする告発文のなかでハクスリーは皮肉たっぷりに語っている。しかしマッケンジーはトレーニングによって偉大なる真実に手が届くのではないかと考えた。そして受け取った啓示は個々の人だけでなく、全人類に恩恵をもたらすはずだと確信した。

 アイリーンはカレッジで働き、トレーニングを受けることに同意した。最初の数か月で顧客のために降霊会を開いていた。しかし毎週行われるマッケンジーとのセッションのほうが重要だった。そこでは支配霊および彼女自身がトレーニングを受けた。セッションは正確な段取りを要した。毎週金曜日の夜、五年間にわたってそれはつづけられた。通常はマッケンジーとアイリーン、そして筆記担当のミューリアル・ハンキーが同席した。ただしアイリーンは心身が汚れていないときだけ来るように言われていた。彼女は日々の生活を全面的に変えなければならなかった。セックスや酒、食べ物は適度にたしなまれる程度におさえた。彼女は情緒的な生活はつつしみ、自分自身や自然と協調しながら、簡素に生きることが求められた。このようにしてアイリーンは意識下の心を純粋に保ち、支配霊の重要なメッセージをより鮮明に受けられるようにした。意識上の心は意識全体のほんのわずかなものにすぎず、人がもっとも強く印象を刻むのは潜在意識だった。個人の悪い習慣は行き過ぎると潜在意識をくもらせ、霊媒と支配霊に悪い影響を与えた。マッケンジーはまた、ほかの霊媒や心霊研究グループ、オカルト文学、超常現象文学などの影響を避けるように警告した。

 マッケンジーはアイリーンをトランス状態に置くため、しばしば催眠術を使った。彼はアイリーンを椅子に座らせるかソファに寝そべらせ、顔の上に手をかざした。そして「さあ眠りなさい」とやさしく言うと、ただちに彼女は眠りはじめた。二、三分後、彼女は完全なトランス状態に陥った。マッケンジーはいくつか質問をする。

「何が見えますか? あなたとともにいるのは誰ですか? どこにあなたはいますか?」

 すかさずウヴァーニが現れ、マッケンジーと話し始めた。毎度のセッションでどれだけウヴァーニがアイリーンの意識下深くに入り込んでいるか、たしかめることができた。トランスは恐ろしいほど深かった。マッケンジーはそれまで達したことのない深みにまでウヴァーニを導いた。このセッションの記録係であり、間近で観察していたミューリアル・ハンキーは金曜夜のセッションのすごさについて語った。

 それはまるで異端審問のようだった。マッケンジーはアイリーンにのしかかるように接近し、叫んだ。

「もっと深く、もっと深く! 上だ! 下だ! 内側へ!」

 催眠下のアイリーンは、潜在意識のなかを誘導されているのだった。アイリーンは要求にこたえて潜在意識のなかを開拓していった。

 アイリーンは毎週のセッションに来る前も厳格な養生法を守った。そうして純粋な思考、深遠な知恵を得てウヴァーニやその他の人格が潜在意識の深部に到達するためである。この時期のセッションの記録は失われてしまったが、ミューリアルは鮮明に覚えていた。

彼女によると、ハロウィンの金曜日の夜、マッケンジーはアイリーンの潜在意識の奥深くに入り、ウヴァーニによって偉大なる知恵を呼び出そうとしたところ、下賤で低級な霊が現れ、彼はそれを鎮めることができなかった。マッケンジーはセッションを通じて彼女が苦しみ、荒れ狂い、疲労困憊させるものを取り除き、妥協を許さぬ厳格さでトレーニングを遂行した。ミューリアルは公正と思えないほどの残酷さに涙を流した。終了後、彼女は倒れそうなアイリーンをかかえながらカレッジを出ていった。

 ミューリアルが悪しき人格を家に持って帰ったことがあった。彼女が家に帰ると夫が悪亭を浴びせ、マッケンジーに呪いのことばを吐き、テーブルの上の食べ物をまき散らし、重い燭台を床に投げつけた。彼女が持ち帰った人格が夫の心に侵入したのである。

職を去ろうかと考えていたミューリアルに、マッケンジーは「このようなことは二度と起きないだろう」と言った。「アイリーンのような敏感な霊媒にとってもっとも重要なトレーニングの一環だったのだから」

 だから我慢してくれ、ということなのだろう。ミューリアルはその説明を受け入れ、職に残ることにした。マッケンジー自身がアイリーンやほかの霊媒とおなじくらい消耗していた。アイリーンは厳しいトレーニングにたいしてけっして不平をもらすことはなかったが、心を閉ざし、つぎの金曜セッションまで家から一歩も出ないこともあった。アイリーンはマッケンジーが正直な男であり、かつ偉大な科学者であると考えていたので、喜んで自分を実験モルモットとしてささげたのだった。


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