(22)実験モルモットのごとく
アイリーンを研究した学者としてはまずバルチモア・ジョンズ・ホプキンス大学のアドルフ・マイヤー博士があげられる。
マイヤー博士はニューヨークの心理学者ヒアワード・カリントン博士にアイリーンを紹介した。カリントン博士は、アイリーンとウヴァーニ、アブドゥル・ラティフが同一人物かどうかたしかめるための実験をした。博士は角膜知覚計(Aesthesiometer)という装置を使った。
「普通の霊媒とちがう」という結論にいたった。アイリーンは自己を客観的に見ることができるのだ。アイリーンは生活に関してはとても現実的だった。一方ウヴァーニは尊大で哲学的で、彼のアイデンティティーを頑なに主張したがった。
カリントン博士はニューヨーク・ワールド・テレグラム紙のインタビューを受けた。「死後存続の科学的証明に一歩近づいた」と自信たっぷりに述べた。
アラブ人のウヴァーニがなぜ英語をしゃべるのはというもっともな質問にたいし、「ウヴァーニは考えをギャレット夫人(アイリーン)の潜在意識に送り、翻訳されるのだ」と述べた。しかしこれは学界内で批判を浴びた。懐疑的だったふたりの心理学者(ベスターマンとトマス)が実験をしてみると、意外なことに人間のパーソナリティは死後も存続するという結論に達した。
デューク大学研究所ではカード・テストが行われた。9万回もの超感覚テストが行われた。この時期彼、アイリーンはモルモットになった気分を味わった。1934年4月10日から4月28日のあいだに14425回の試験が行われたのだった。アイリーンは協力的だったが、寒さのせいで体調は悪かった。結果がよくなかったのはそのせいだとライン博士は考えた。16000回の機会のうち一致するのは3200回。ギャレット&ウヴァーニは4018回だったので、818ポイント上回った。
この実験結果は心霊主義者にとって満足のいくものではなかった。ライン博士はアイリーンが標準をはるかに上回る高度な霊媒であることを確認しただけだった。
オックスフォード大学のウィリアム・ブラウン(ウィリアム・マクドガルの下で働いていたことがある)の実験は興味深い結果をもたらした。催眠下における記憶やパーソナリティの影響をトランス下のふるまいと識別した。検流計(galvanometer)をアイリーンにつけた。そうした実験の前にブラウンは正常下においてアイリーンにインタビューをしている。アイルランドの子供時代、部屋に来る遊び友だちがいたことを話した。名前は思い出せなかった。つぎに催眠下におくと、名前がエリザベス、スーザン、ボビーであることがわかった。ふたりの少女は彼女が生まれる前に死んだ従姉妹であることが判明した。アルバムのなかに写真はあったはずだ。ボビーはとなりの家の溺死したこどもだった。ブラウンはウヴァーニを呼び出すことはできなかった。
B「さあウヴァーニが来て、あなたに話しかける」
G「ええ、ウヴァーニはここにいる」
B「ウヴァーニに話をさせて。(間が開く)ウヴァーニは?」
G「見つけることができないわ。彼はどこ?」
B「見つけられない?」
G「ええ、何もないわ。暗闇よ。見つけられないわ!」
B「さあ起きてください。(アイリーン目を覚ます)いまあったことを覚えていますか?」
G「何も覚えていません。ずっと眠っていたみたいです」
B「じゃあしゃべったことは何も覚えていないのですね」
G「ええ」
1936年、アイリーンはニューヨークのロックフェラー研究所でノーベル賞受賞者(薬学)アレクシス・キャレルに会った。
「これまで心霊現象が客観的に証明されたことはありますか」
「心霊現象を体験したのはたしかです。それはとても奇妙で怖いものです」
「でも医者はそれを神経症だの、ヒステリー症状だの、意識的にせよ無意識にせよ欺瞞だのと言うかもしれません」
キャレルは実験を受けることによって(科学に)貢献することをすすめる。しかし基本的に彼が(アイリーンの能力を)確信していることを感じ取っていた。テレパシーや透視能力は生理学上のプロセスであると考えていたのだ。
「これは第六感だ。それはテレパシーや透視能力を可能にする何かだ」とキャレルは述べている。
懐疑的な医者もいた。ニューヨークのルーズベルト病院のコーネリアス・トレガー(専門はリューマチと心臓病)はそのひとりである。とくにトランスについて懐疑的だった。
「あなたが嘘をついているとは申しません。ただ思うに、それらが抑圧や欲望、それから想像力過多とでもいうのでしょうか、そういったものから成長したのだと思うのです。まあともかく、やっていきましょう」
そして6か月の実験がはじまった。朝9時から午後2時まで実験は行われた。ときには夜間行われた。朝が彼女のいう「ノーマルな私」の時間帯だった。ノーマルな状態の血球数、出血時間、凝血時間、呼吸、心拍、血圧などを計測した。そしておなじテストをトランス状態のときに行った。
ある朝、ついにトレガーはウヴァーニと面会することになる。アイリーンは椅子の上に倒れこみ、両足を広げて伸ばし、体はひきつったかと思えばぐったりとした。呼吸は荒くなり、激しくふるえ、目玉は白目をむきだしにした。何かと戦うように口と喉からうめき声を出した。それは男のような声だった。
「私だ、ウヴァーニだ。友よ、挨拶をさせてもらうぜ。あなたに、あなたの人生に、あなたの家族に平安よ、あれかし」
トレガーがずっと避けなくてはならないと考えてきたナンセンスだった。しかし今、向かい合わなければならない。彼がウヴァーニに話しかけると、その男のような声は何でも協力しようと答えてくれた。
もうひとりの人格、アブドゥル・ラティフが出てきた。アブドゥルは生前医者であったため、医学的なアドバイスをすることがあった。トレガーを手伝っている技師が病気だと言ったことがあった。技師の家系には結核が出やすいとし、今現在技師は貧血を病んでいて血球数が足りないので病院で診てもらうことをすすめた。アブドゥルの医学は、しかし、13世紀のものだった。
ウヴァーニとアブドゥルでは生理状態が異なった。出血が止まるのに、アイリーンのとき3分、ウヴァーニのとき33秒、アブドゥルのとき90秒を要した。ヘモグロビン数はアイリーン70、ウヴァーニ85、アブドゥル110−115だった。血圧はアブドゥルの110−112がウヴァーニのとき50に落ちた。アイリーンの筋力が弱く、ウヴァーニの心臓が強く、アブドゥルが年老いて心臓が弱いことがわかった。
ウヴァーニは糖尿病だった。アイリーン自身は糖尿病ではなかった。トレガーは驚き、トリックではないかと疑ったほどだった。
アドレナリンやモルヒネなど薬物を投与すると、三者が異なった反応を見せた。ある薬はアブドゥルによく効き、昏睡状態に陥れた。もちろん体はアイリーンなので、部屋にいた科学者たちはあわてた。意識を取り戻したときアイリーンは何も覚えていなかった。
アイリーン本人、ウヴァーニ、アブドゥルには顕著な違いがあった。たとえばウヴァーニの足は強硬症を病んでいた。アブドゥルも右足や右膝に強硬症が現れた。両者とも腹部のひきつりに悩んだ。アイリーンにはこういった症状はなかった。しかしこうしたことを通じて霊媒の体は弱っていくものだと考えた。それでもこれらの実験はしっかりした目的があった。
「あなたがたはご存じでしょう。もしあなたが霊感を持っているとか霊媒だとか言ったなら、その瞬間、人は眉をひそめるのです。もしわれわれがおこなっていることが実践的な自然の法則であることを証明したなら、宣伝効果以上のものがあるでしょうし、いま得られていない尊敬を勝ち得ることができるでしょう。だからそのためにこれらの実験を受けているのです」とアイリーンは述べている。(1936年7月23日)
ケンブリッジの人類学者エリック・J・ディンウォール博士がはじめてアイリーンに会ったのは1923年のことだった。彼はいつもレクチャーでアイリーンを礼賛した。
「いまここに霊媒がいます。科学的な実験を通して、驚くほどわれわれの知識を深めてくれたのです。科学はギャレット夫人(アイリーン)にお礼をいわねばなりません」
1937年の6月と9月、ジェフリー・バーン(聖バーソロミュー病院、ジョージ王病院等)やカスバート・デュークス(聖ピーター病院等)をはじめとするロンドンの5人の医師が実験を試みた。すべての実験の場に国際心霊研究所のナンドール・フォドール博士と記録担当のゴルドニー夫人が参加した。彼らの承認を経なければ心霊研究会報に掲載されることはなかった。実験の内容は、心電計、基礎代謝、血液化学、ヘモグロビン、赤血球数、心拍数、足底反射、眼球反射などであり、アイリーンを消耗させた。
カスバート・デュークス博士はゴルドニー夫人に「米国の実験結果によるとノーマル状態とトランス状態では血球数が異なっている。しかしどんな通常では考えられない数値が出たとしても、この実験からは何も得られない。この線に沿って実験を進めるべきではないだろう」と書いた。
バーン博士は「意味のある変化は見いだされなかった。あきらかにひとりの人間の中で起こっていることだ」と書いた。
ウーリー博士は米国の基礎代謝に関する記録を吟味し、こう書いた。「心霊活動によってあえいでいるのだから、当然の結果は出たにすぎません。これと違った結果が出たほうがよっぽど驚きです」
ヌーナン博士はトランスのとき(アブドゥル・ラティフが憑依したとき)霊媒がまばたきをしない点について書いた。「多くのノーマルな人々がまばたきをせずにたとえ光るものでも見つめることができます。ヒステリーや催眠状態によってもたらされるのです」
ゴルドニー夫人は客観的な立場を崩さないアイリーンに深く感謝の意を示した。
「これらの実験が霊媒を否定することになるかもしれないのに、勇気をもって受けていただきました。心霊現象の真の敵は支持者たちかもしれません。誇張した言質が悪評を呼び、ペテンがまき散らされることになるのです。それはあくまでも実験上の仮説にすぎないのです」
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