第11章 イエスのヨーガ (1)

ヒンドゥー教がキリスト教と出会うとき 

 前章で述べたように、キリスト教徒であるサドゥー(行者)スンダル・シンはヴァラナシ(ワーラーナシー)のガンジス川の畔でキリスト教を深く理解するヒンドゥー教のサンニヤシ(托鉢僧)と会った。この出会いはスンダル・シンにとっては驚きだったろう。この世にただひとりしかいないと思っていたクリスチャン・サドゥーがもうひとりいたのだから。彼らはキリスト教のすばらしさについて、熱く、いつまでも論じていたいと思ったことだろう。

 しかしほどなくして厳しい現実に直面したはずだ。二人はとてもよく似ているけれど、決定的に違うところがあった。つまりスンダル・シンはキリスト教の正統な聖職者から公認されるクリスチャンであったのにたいし、サンニヤシのほうはあくまでもヒンドゥー教徒であり、ヒンドゥー教の真理とキリスト教の真理が究極において一致すると信じている行者にすぎないのだ。キリスト教の聖職者がそれを公認するはずもなく、異端、いや異宗教という扱いを受けたことだろう。

 現代のわれわれからすれば、ヨーガを実践しているサドゥーの前に『バガヴァッド・ギーター』とともに聖書が置いてあったら奇妙な光景である。20世紀初頭以前も、その光景は奇妙以外のなにものでもなかっただろう。つまり聖書を聖典とみなすサンニヤシが現れたのはかぎられた時期であり、表面的には長続きしなかったことになる。もっとも、その精神はクリヤー・ヨーガを重んじるヒンドゥー教の宗派に脈々と受け継がれているのだが。

 キリスト教のエッセンスにヴェーダの真理と共通するものを発見したのは、おそらくパラマハンサ・ヨガナンダ(ロングセラー『あるヨギの自叙伝』の著者)のグルとして知られるスワミ・ユクテシュワル(18551936)だろう。ユクテシュワルは『バガヴァッド・ギーター』と「聖書」をいわば根本経典であるかのように重視し、すべての宗教はひとつの真理を追究していると考え、ヨーガ、とくにクリヤー・ヨーガを実践した。彼の著書『聖なる科学』は独創的で画期的なものだった。

 ユクテシュワルが『聖なる科学』を著すきっかけとなったエピソードを、直弟子のサイレーンドラ・ベージョーイ・ダスグプタ(1910−1984 1935年頃、パラマハンサ・ヨガナンダの秘書を務めていた。著書『パラマハンサ・スワミ・ヨガナンダ』でグルのユクテシュワルがヨガナンダの振る舞いに不満を持ったことを明かした)が書いている。

 ところでヒンドゥー教とキリスト教の融合というアイデアの触媒の役を果たしたのはノトヴィッチの『イエスの知られざる生涯』だったと思われる。この本が出版され、真偽のほどが論じられていたまさにその時期にこの考えが生まれたのである。

 


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