12章 イエスのヨーガ(2) 

欧米におけるヨーガの父 

 ニール・ドナルド・ウォルシュやC・S・ルイスのキリスト教関連の著作物を読んだあと、パラマハンサ・ヨガナンダの『キリスト再臨』や『イエスのヨーガ』をひもとく。よほど注意しないと、後者が厳密な意味のキリスト教徒による著作ではないことに気づかないだろう。ヨガナンダの師であるスワミ・シュリ・ユクテシュワルが聖書からの引用にとどめているのに比べ、弟子のヨガナンダは臆することなく、これらの著作では堂々と聖書そのものに取り組み、哲学的な注釈やコメントを書いているのだ。聖書のなかにわれわれはクリヤー・ヨーガの神髄を見出すことができるので、比較のために抽出する必要はないということなのだろうか。

ロングセラー『あるヨギの自叙伝』で知られるヨガナンダ。

 そして私は『キリスト再臨』とならぶ大作『バガヴァッド・ギーター』を手に取り、じっくり読む。星の数ほど出版されているバガヴァッド・ギーターの解説本のなかでも、群を抜いて秀逸な著作である。やはりヨガナンダがめざしていたのは特定の宗教ではなく、すべての宗教の向こうにある真理の探索であることがわかってくる。

 クリヤー・ヨーガの宣教という特命を受けて渡米したヨガナンダは、30年という人生の半分の期間を米国で過ごすことになる。一方的に宗教を押し付けるのではなく、現地の多くの人が信仰するキリスト教を自ら研究することによって、ヒンドゥー教、あるいは超宗教的な信仰を欧米に広め、根付かせることができたのではなかろうか。ヨガナンダの蒔いた種はSRF(セルフ・リアリゼーション・フェローシップ)という畑でいまも成長をつづけているのだ。

忘れてはならないのは、ヨガナンダのような天才宗教家が生まれるためには、師ユクテシュワルとの邂逅が不可欠であったことである。



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