16章 サラーフッディーンの『救世主を救う』 

インドのイエスを説くウェブマスター

 シカゴに住むアフリカ系の元アフマディヤ派イスラム教徒、アブバクル・ベン・イシュマエル・サラーフッディーンは「インドのイエス伝説学」とでも呼ぶべき分野の発展に大きな足跡を残した。「元」というからには、現在アフマディヤ派に属していないのだが、それについてはあとで説明したい。

 サラーフッディーンはアフマディヤ派の最前線に立ちながら、「イエス・キリストの墓」(The Tomb of Jesus Christ)というウェブサイトを運営し、それは『救世主を救う』(2001)という著書に結実した。彼はそのサイトのウェブマスター(サイトの管理人)である。イエスの墓とは、カシミール・スリナガルのローザバル廟のことだが、それは象徴的なタイトルにすぎなかった。内容は墓にとどまらず、「イエスは磔刑に処せられたが生き延びて、インドのカシミールにやってきて、そこで長寿をまっとうした」というインドのイエス伝説を紹介し、検証し、情報を交換するというサイトである。

 サラーフッディーン自身によると、当時、世界86か国から、週平均2100人ものビジターがこのサイトを閲覧したという。反響の大きさには著者自身がとまどうほどだった。

 その頃、著者がイスラム教の異端的宗派とみなされるアフマディヤ派に属することをビジターのどれほどが知っていただろうか。アフマディヤ派であることと、「イエスは磔刑のあとインドにやってきた」と主張することは、まったく関係ないようで、じつは表裏一体だった。この説を最初に唱えたのは、いわば教祖であるミルザ・グラーム・アフマド(18351980)だった。この説がまるでアフマディヤ派の教義の一部であるかのように扱われるのも、そうした経緯があるからだった。

 アフマディヤ派のムスリムであるということは、スンニー派、シーア派を含めたすべてのイスラム教徒と戦わなければならないということを意味した。アフマドは彼自身を「約束されたメシア」と呼んだが、それは正統派のイスラム教徒からすれば、とうてい容認できるものではなかった。近年ではたとえば、インドネシアのアフマディヤ派の人々が身内であるはずのイスラム教徒の他派から頻繁に攻撃を受けている。他派は彼らにイスラム教の看板をおろすよう求めているのだ。

 すでに述べたように、そもそも「イエスは磔刑によって殺されてはいない」という主張はミルザ・グラーム・アフマドの独創ではない。コーランに、イエスは十字架にかけられてはいない、イエスに似た男がかけられたにすぎない、と書かれている。つまりそれはイスラム教の公式見解なのだ。(コーラン4章156〜)(第6章「アフマドは語る」参照)

 イスラム教徒にとっても、イエスは聖なる存在であり、預言者である。三位一体が否定され、神と同格とはみなされないだけだ。終末の日にイエスは地上に再臨し、イスラムの教えを確立すると、「ハディース」(ムハンマドの言行録)から多くのイスラム教徒は信じているという。イエスが磔刑で死なず、インドへ来て余生を送ったとしても、イスラム教徒からすればそれほど不都合ではない。




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