明かされるマグダラのマリアの秘密 

アシュウィン・サンギ『ローザバル・ライン』 

 

(1)ネットから生まれたベストセラー 

 ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』が大ヒットしたとき、似たテーマで違った小説が書けるかもしれないと多くの人が考えたかもしれない。インドのビジネスマン、アシュウィン・サンギもおそらくそのひとりで、ネット上の自費出版サイトであるルル・コム(ルル・エンタープライズ)にショーン・ヘイギンスというペンネーム(アナグラム名)で『ローザバル・ライン』を出品したのは2006年のことだった。一か月で15万ものタイトルが出品されるなかで売るのはたいへんだったが、ブログやツイートなどを駆使して自己宣伝に努め、1600部ほど売り上げて、この分野でのベストセラーを記録した。その甲斐あって2008年、インドの中堅出版社から刊行されると、発想の意外性、テンポのよさが受け、たちまち一般書籍部門のベスト10に入るヒット作となった。

 出版後しばらくして、この作品がインドで異常なほど注目を浴びたのは、174人の犠牲者を出したムンバイ同時多発テロ(2008年11月26日〜29日)とその内容が似ていたからだった。テロ事件に関与しているのではないかとさえ疑われたのである。もちろん読めば一目瞭然、テロとはまったく関係ないのだが、このことが逆に宣伝となり、売り上げに寄与したといえるだろう。

 そして2010年に改訂版が出て、『ローザバル・ライン』は国際的なベストセラーとなった。アシュウィン・サンギはその後、『チャンキヤの歌』と『クリシュナの鍵』を書いている。題名の由来はローズライン(『ダ・ヴィンチ・コード』にも登場するフランスを通る子午線。映画ではサン・シュルピシ教会の真下を通っているという設定)にひっかけたものだが、ローザバルはカシミールにあるイエスの墓とされる廟の名前である。またやはり『ダ・ヴィンチ・コード』に登場するマグダラのマリアに捧げられたロスリン礼拝堂にもかけあわせたものである。(本作品ではフランスとなっているが、スコットランドの所在である)

 肝心の作品の出来栄えだが、賛否両論という言葉に尽きる。私の頭の中でも賛否両論なのだ。『ダ・ヴィンチ・コード』で使われたモティーフをそのまま生かしながら、前章までに見てきたようなインドのイエス伝説を巧みに取り入れ、さらにインド神話やマヤ神話もおりまぜて、壮大な歴史パノラマのなかで、陰謀論まで加わり、スケールの大きな活劇が繰り広げられていくのだ。世界各地でテロが発生する。この背景にはイエスの重大な秘密と関係があるらしい……。

 登場人物の多くはテロリストか陰謀をたくらむ聖職者や秘密組織に属する人々である。たとえばこの小説のコマ回しの役を請け負うのはガリブというテロリストだ。彼は2012年に入ると、毎月21日にテロ活動を行うようになった。なぜ21日なのか? 一説には、彼はイエスの後裔だという。イエスの血を継ぐ者がなぜ定期的にテロをおこなうのか? 次第に一連のテロは2012年12月21日に向かっていることがあきらかになってくる。これはマヤ暦と関係あるのか? この日テロをおこなうとすれば、場所はいったいどこなのか? 

 バチカン、イルミナティ、秘密組織クルックス・デクッサタ・ペルムタなどがそれぞれの思惑を秘めながら、見えない力と戦う。

 主要人物のひとりは日本人女性である。彼女は大阪の孤児院で育ち、オウム真理教の影響を受けながら謎の人物タクロウに育てられた、プロのテロリストだ。育った彼女は非情にも恩師のタクロウを殺してひとり立ちする。しかしあくまで、アリッサやマーサとならぶヒロインである。

問題は彼女の名前だ。スワキルキ・ヘライ(Swakilki Herai)という日本人にはありえない奇妙な名前なのだ。スワキルキはサワコやサキ、スワコ、なんでもいいけど、日本人でありえる名前にしてほしかった。しかしじつはこの名前がこの小説の軸となり、鍵となる部分なので、変えるわけにはいかないのである。この名前のために、正直なところ一度は読む気が失せてしまった。ヘライもヒライにすればいいのにと思ったが、キリストの墓があるとされる青森県の戸来(へらい)村から取ったのかもしれない。戸来はヘブライが訛ったものと考えられるようだ。

 


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