オカルティストが説く聖書インド起源説
(1)ルイ・ジャコリオの功罪
ルイ・ジャコリオ(1837−1890)をどう評価すべきか、これは悩ましい問題だ。彼は長期間インドに滞在し、フランス植民地の裁判官を務める表の顔のほかに、西洋オカルトの起源をインドに探し求め、それについて研究し、執筆する作家という裏の顔を持っていた。いまではすっかり忘れ去られてしまったが、オカルト研究史のなかでは無視できない存在である。
ジャコリオはレムリア大陸のアイデアを最初に考えた人物だ。ブラヴァツキー夫人(1831−1891)が『ヴェールを脱いだイシス』(1888)を出版する直前、彼女のもとにルイ・ジャコリオ全集が届けられた。夫人はそこに書かれたインド洋に沈んだ大陸ルタスについて知ることになった。ジャコリオは当初の説を変え、大陸はマラッカからポリネシアにかけての諸島地域に大陸ルタスがあったと考えるようになっていた。そこには大きな二つの国があり、黄色い人々と黒い人々がつねに戦争をしていた。
ブラヴァツキー夫人のレムリア大陸説は、ジャコリオのルタス大陸説をよく言えば発展させたもの、意地悪く言えば剽窃したものだった。
ジャコリオの厖大な著作は基本的にフランス語で書かれているが、代表作である『インドのオカルト学』と『インドの聖書』は英訳されている。とくに後者は、イエスのインド修行説が生まれるきっかけとなった本といえるかもしれない。
しかしその内容を精査する前に、断り書きをする必要がある。この『インドの聖書』はなかなかの難敵で、読むのは容易ではない。というのも、表記の仕方のずれがあるほか、間違いや、おそらく捏造と思われるものも含まれているからだ。
たとえば、私を悩ませた数々の出所不明の名称のひとつにニクダリがある。『インドの聖書』中の「聖なる女たち、ニクダリ、サラスワティ―、そしてマグダラ」と題された章に登場するクリシュナの二人の妻のうちの一人である。マグダラのマリアとおなじようにニクダリ、サラスワティ―姉妹はクリシュナの前に進み出て、その頭に香水をたっぷりとふりかける。マグダラのマリアが罪の許しを請う売春婦であるのにたいし、この姉妹は懐妊を願って近づいた一般の娘たちという違いはあるが。
ところがこのエピソードの出典を求めようとすると、泥沼にはまってしまう。ニクダリという名前はクリシュナの伝説を収集した「ヴィシュヌ・プラーナ」にも「バーガヴァタ・プラーナ」にも見当たらないのだ。もちろん目を通していないテキストもたくさんあるだろうし、民間伝承もあるだろうが、ネット上で探してもヒットしない。神智学系の神秘主義者エドゥアル・シュレー(1841−1929)がニクダリ、サラスワティ―姉妹のエピソードに触れているが、これはジャコリオの直接的影響によるものだろう。(シュレーの邦訳は『秘儀参入者イエス・キリスト』と新刊『偉大な秘儀参入者たち』)
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