5章 宝瓶宮福音書のイエスの旅路   宮本神酒男

百年ロングセラー

 エドガー・グッドスピードの『有名な偽聖典』によれば、1954年の時点でリーヴァイ・H・ダウリングの『宝瓶宮福音書』は、著者が没した年である1911年の初版以来、じつに21版を重ねていた。それから半世紀以上がたった今、アマゾンのレヴューの多さ(2019年2月現在158個)を見ても、その人気が衰えていないことがわかる。グッドスピードやペル・ベスコウ(『イエスに関する奇妙な話』 1979)らキリスト教文献学者によって偽書に認定されたいわばお墨付きのニセ福音書であるにもかかわらず、人々の心を捉えてきた。その魅力とは何なのだろうか。

 リーヴァイは1844年、オハイオ州のスコットランド人とウェールズ人の血を継いだパイオニア的なディサイプル派の伝道師の家庭に生まれた。16歳のとき彼は説教をはじめ、18歳のとき小さな教会の牧師になった。20歳のとき従軍牧師として軍に入り、南北戦争の終結を迎えた。1866年から67にかけて彼はインディアナポリスの北西キリスト教大学で学び、翌年から日曜学校のための物語や歌、子供のための教材などを出版し始めた。

 このようにリーヴァイはキリスト教プロテスタントの環境のなかに育ち、自然に素養を身につけていた。しかし彼が正統派の聖職者というより神秘主義者になるのは、たびたび神秘体験をしたからだろう。

 彼は少年の頃、長い間に三度、幻覚を見た。その神秘体験で彼は「白い都市を建設せよ」と(神に)言われた。その「白い都市」とは『宝瓶宮福音書』のことだったのである。いわばこの福音書は天啓の書だった。

 書名の由来は占星術によっている。26000年を一期とすると、太陽がひとつの星座にあるのは2100年余り(正確には2167年)である。著者によればアダムの時代は、太陽が金牛宮(おうし座)に入る頃だった。アブラハムの時代は白羊宮(牡羊座)の頃だった。ローマ勃興期、すなわちイエスの時代と双魚宮(うお座)は同時期だった。つまり現在は宝瓶宮(水瓶座)に入ろうとしている時期にあたった。この福音書はこの時期の新しい人々(ニューエイジ)のためのもの、というわけだ。



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