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 Jと私にとってのナッカドーは、迷信的な世界で光を浴び、派手に羽を伸ばした「ヴードゥー・ヴォーグ」愛好者だった。人の波を押し分けながら、プウェ(儀礼)のかたまりからなんとか脱出すると、野球帽にイルカが描かれたライム・グリーンのハワイアン・シャツといういでたちのフレンドリーな男が近寄ってきた。成功した企業家といった誇り高い雰囲気を持った男はとなりの彼の大家族のプウェに参加しないかと誘った。

彼がそのプウェのスポンサーのようだった。彼のようなスポンサーは200ドルほど出して小屋を借り、楽隊とナッカドーを雇う。ナッカドーはスポンサーとともに故郷からやってくるのが普通だ。一方、楽隊はその場にいて、異なるスポンサーとナッカドーのために演奏することが多い。スポンサーのお金にナッ神が消費するウイスキー代やタバコ代は含まれていないので、楽団と祭壇のあいだに群がる気前のいい信仰者に依存することになる。

ナッカドーが人だかりに投げつける少額のピン札の束も報酬からまかなうことはできないだろう。人々はそれを「ラッキー・マネー」と呼び、ゲームのコンテスト参加者みたいにそれを手に入れようと殺到した。

 Jと私はスポンサーのあとについてプウェの小屋に隣接する暗い、カビ臭い部屋に入った。そこには手の込んだ頭飾りをつけ、分厚い赤いリボンをつけたレース織りの白い衣装を着たふたりのナッカドーが静かに自分たちの出番を待っていた。

年上の50代のナッカドーは皺だらけで肌がかさかさになったニューハーフだった。彼女は暗がりのなか、横柄な雰囲気で自らを扇で煽っていた。片割れはもっと若くて、月のような丸顔で、魅力的だった。そのかわいらしさにキズをつけるとすれば、キンマを噛みすぎて赤い染みがついた歯だろう。この欠点が、ビルマ人にとっても欠点なのかどうかはわからないが。

私はこのふたりのレディを撮影しようと思い、ポーズをとらせていると、「湯たんぽ」が私の背中に身体を押し付けてきて、私の手を握り、誘うような視線を投げかけながら、それを彼女の腰に誘導した。別れ際、わが内部の悪童は、彼女の腰をぎゅっと抱きしめたくてたまらなくなっていた。

 われわれはメインのプウェの囲いに案内された。それは三方をフェンスで囲まれた大きな青い小屋だった。その屋根にはさまざまなクリスマスのような光の筋が垂れていた。祭壇にはいくつかのマネキン・サイズの神像が並び、何トンもの花やバナナに埋もれていた。そして隅には小さなブッダがあり、論理的にはだれが偉いのか思い出させようとしているかのようだった。

ボス(年長ナッカドー)がマハギリのための様式化された剣の舞いを踊り始めると、すべてがうまくいきだした。彼らは小さな旗を飾ったウサギと月を披露し、またぐるぐると回した。そしてふたりのナッカドーは祭壇に向かい、腰振りダンスを捧げながら、緑のシダの束で自身を軽く叩いた。それから一連のさまざまなダンスがはじまった。交互にナッカドーのどちらかがリードをとった。

ボス、あるいは「湯たんぽ」はチューンをあわせ、さまざまなナッ神を呼び出した。そのとき彼らは適切な儀礼道具を手にとり、ダンスをはじめた。奇妙なダンスの動きによって、同時にナッ神を呼び出し、なだめ、そしてこれら下位の霊的存在に一時的に楽しんでもらうのだ。間隔を置いて繰り返しふたりのナッカドーはラッキー・コインを小さな人だかりにほうった。

彼らはほとんどが女性で、地面であぐらをかいていた。信仰者はまたあたたかくなったソーダ缶をナッ神に捧げ、ナッ神が住む容器に安い香水を吹きかけたりした。そして捧げものはすぐにロンドンのタバコになり、レッド・シー・ラベルのラムになった。ある者は立ち上がり、ナッカドーに近寄り、レース織りの衣装やきらきら光る頭飾りにお札をピンで留めた。大きな額のお札はアドバイスの言葉を導き出すと考えられていた。適切なナッ神を慰撫することによって恋愛やビジネス上の成功をもたらすのだ。ナッカドーはその衣装にどんどんチャット扎を載せていき、ついには地上でもっともコミカルなお札でできた羽をもつ、両性具有の鳥となるのだ。

 たしかにあれこれ指図をしているのはナッカドーだが、だからといって自分たちですべてをやってのけるわけではない。司令塔と言えるのは、レイルのようにやせた若者だった。彼はふたりのプリマドンナのポン引きかマネージャーのようで、片方の目で時計を見て、もう片方の目でお金を見ていた。彼は妖精(ジン)のように見えた。右手の爪はカニのハサミのように伸び、キラキラ光る指輪をいくつもつけていた。

やり手らしく、へりくだったプライドを見せながら、ミスターまがいもの氏は、聖なる力にはいっさい動かされなかった。笑顔もなく、彼は人々からお札を集めて回り、小さな銀の器に入れると、ボス(年長ナッカドー)に渡した。彼女らはコー・ジー・チョーの賭け事のダンスを踊っていた。そのなかで彼女はまるで一流の曲芸師のように、器を手にくっつけたままひっくり返すマジック・ダンスを見せた。

 ラム酒は流れつづけ、「湯たんぽ」の注意はあなたに向けられるだろう。そして午後早くに抱き着いてきたのは、悪ふざけにすぎなかったが、今度は公衆の面前でいちゃつき全開だ。

もう一か八かを考えるときではない。彼女はこちらにやってきたかと思うと、はじらって顔をそむけた。そして何も言わずに首にキスするよう仕向けた。彼女の強情っ張りの性格がそうさせているのだろうか。彼女の一連のしぐさを見て人々は大喜びだった。Jも心底楽しんでいるようだった。

つぎに楽団のほうを向くと、汗びっしょりの、薄い髪を額にべったりと押さえつけた、どこか粗野な感じがする男の歌手が、私をじっと見つめていた。ウィンクと仕草で、男は私にナッ神の首にはキスするのではなく、吸い込むべきなのだと教えようとしていた。彼は鼻をくんくんと鳴らす動作を見せた。それは酔いが回ったときには実現化するかもしれず、少なくとも肉欲の救出と解放を求めた祈りにはなっていただろう。

10分後、「湯たんぽ」は私のところにやってきて、わが頬に軽くキスし、それからもう一度首を差し出した。私は男のアドバイスの通りにし、それからその場を立ち去った。午後遅くの空気が濃くて、甘い香りとすえた汗のにおいが入り混じった場所を出て、神々しいお香と花咲く木々にあふれた浄土へと私は放たれた。そこでなら芳香だけでブッダも教えることができるだろう。

 即座に大団円とはいかず、何度もやり直して儀礼は終わりを迎えた。ナッ神が拒み、肉体の容器から出ていこうとしなかったからである。「湯たんぽ」がナッ神の霊に導かれているのか、それともアルコールに導かれているのか判然としなかったが、神との同調を求めつづけた。

レディたちを落ち着かせ、汗をはたいて拭い、女王らしく見せようと懸命なミスターまがいもの氏はいらだちを強めていた。もっともそのいらだちは、WWE(全米プロレス)の怒りとおなじくらい見せかけだけのものだが。

ロックバンドがクライマックスでドラムを打ちつづけるように楽団の演奏がフィナーレを迎えると、それまでお金の流れを担当してきた女が突然トランス状態に陥った。肋骨が揺れ、目が波打ち、狂ったように腰を振るすさまじいダンスを踊ったのだ。

ナッカドーたちが彼女を運んだあと、「湯たんぽ」はこの憑依した女が残したお金をかきあつめようとしていた。そのあとも混乱がつづいていた。女は跳ね起きて、「湯たんぽ」と激しく口論をはじめた。そこへボスとまがいもの氏がやってきて仲裁しようとした。

 ここに来て儀礼を動かしている超常的な力の源があきらかになってきた。お金である。私のまわりにいる人々は、ナップウェで散在するためにこの一年けちけちした生活を送ってきた。彼らが捧げた分、幸運や宝くじの当選や商売繁盛になって戻ってくると信じているのである。最初のラッキー・マネーの少額のお金が自由に分配されるいわば自由経済の局面は、より現実的な局面に満ちを譲ることになった。

ナッカドーたちは混沌としたダンスをやめ、ブックメーカーのように頭を働かせ、楽隊や歌手への謝礼を考慮しつつ、たまったお金を数えはじめたのである。あきらかに額に不満があるナッ神たちは、信仰者たちからお金を巻き上げることに執心した。取り巻きたちの迷信的な畏れの気持ちを刺激する意図があるのはあきらかで、横柄な態度を見せていた。

 裕福な西欧人として、誘惑と指図のマネー・ゲームに引きずり込まれるのは必然だった。この日のことは、ソニー・ビデオカメラとキャノン・エルフに記録していたので、私は喜んで少額のお金をさまざまなミュージシャンに渡した。しかし私は「湯たんぽ」の場面には満足していなかったので、カメラに向かってもっと演じてもらおうと、さらに彼女の胸元にお金を、チャット紙幣からドル紙幣にかえ、滑り込ませることになった。彼女は私のやりかたを理解し、たくみにカメラから顔をそらすようになった。エキゾチックなビルマの憑依儀礼は次第にストリップショーになりはじめた。若いほうのナッカドーにばかり注意もお金も行ってしまうので、嫉妬した年長のボスがにじり寄ってきて、3ドルを要求しても驚くことではなかった。

このやりとりの間に「湯たんぽ」はJのバッグをあけて緑の紙幣(ドル札)を漁り始めたが、私はうまく20ドル扎を手に隠すことができた。「湯たんぽ」は中からジョージ・オーウェルの『ビルマの日々』を引っ張り出したが、それを見ると嫌悪感をあらわにして本を床に投げ捨てた。

 最終的に楽団は演奏をやめ、人々もいなくなった。「湯たんぽ」が私に近づいてきて、あたかも自分にごはんを食べさせるかのように、恥ずかしそうに手で口をおさえた。彼女は私たちと、あるいは私と財布と食事をしたいようだった。

わがあらぬ想像力がこの招待によってにわかに高まったのだが、まがいもの氏があっという間にナッカドーを追い払ってしまい、すべてご破算になってしまった。

Jと私はナップウェと関わった人々と食べ始めた。彼らはごはん、野菜、それにビルマ特産のひどい匂いがする魚醤で味付けされた料理を出してくれた。このメニューはマーマイト(発酵食品の一種)ファンなら要チェックだろう。この人懐こい親切な人々は、ソースがたっぷりしみこんだごはんを、手でどうやって食べるか、教えてくれた。ソースで湿ったごはんを、指ではじきながら親指をシャベルのように使って口に入れるコツを示してくれたのだ。こうしたことをやりながらも、私は一瞬、「湯たんぽ」のことを思い浮かべた。病気が移ったのかもしれない。それは腸には違和感を覚え始めていた。

 プウェの火照りを感じながら、夕方、Jと私はめかしこんだ若いニューハーフたちに取り囲まれながら、あたりを歩き回った。これらのレディたちは古代の英雄の亡霊とチャネリングするわけではなく、もっぱら色気をふりまいていた。彼らはカメラに向かって誘いをかけてくるのだが、私はカメラの充電が切れるのが恐かった。

Jと私は早くにもらったナッ神ウイスキーのせいで緩慢だったが、なんとかボトルを開けることができた。暗くなるとまわりに群衆が集まってきた。このあと2、3時間、われわれはいくつかのプウェをのぞいた。それから私はアイアン・クロスというビルマのメタル・バンドのテープを録音しようとしたが、うまくいかなかった。

そしてわれわれはメインのナッ神殿に入る。唸りをあげているスピーカーの横には扇が山積みになっていて、そのまわりの酔っ払いに引っかかりながら抜けていく。これが夜の姿なのだ。ライオンは暗くなったら、それ以上ここにいないよう嘆願していた。われわれが車に戻るとき、人々はみな酔っぱらって上機嫌だった。ライオンとドライバーはわれわれが車に乗り込むと、さっさと出発した。安全のためというより、彼らの長い一日を早く終わらせたかったのだ。

 
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