猫に九生あり   宮本神酒男 

 

 たまたま、いやおそらくたがいに刺激しあって、ふたりの作家が「猫に九生あり」(A cat has nine lives)ということわざをモティーフとした青少年向け小説を数年の間にあらわした。このことわざには「愚者も神の加護を受ける」「猫を殺せば七代祟る」「猫は容易に死なない」といった意味があるらしい。二作品とは、ロイド・アレグザンダー(19242007)の『時をかける猫とぼく(仮題)』(1963)とペギー・ベーコン18951987)の『ばけ猫オパリナ』(1966)である。じつはふたりは旧知の間柄だった。ロイド・アレグザンダーの初期の作品『わが五匹の虎』(1956)にペギー・ベーコンが猫のイラストを提供していたのだ。生来のストーリーテラーであるアレグザンダーにたいし、ベーコンは物語作家であるとともに画家であり、次第に猫のイラストレーターとして名を馳せるようになっていた。

 このことわざがよく知られている米国に生まれ育ったふたりが、何からインスピレーションを得てこれらの小説を書くにいたったかは、判然としない。しかしたとえば、博識な作家、評論家、写真家のカール・ヴァン・ヴェクテン(18801964)は、自著『家の中の虎』のなかで、たびたびこのことわざに言及している。ヴェクテンが編集した猫短編小説アンソロジー『屋根上の貴族たち』(1921)に、若き日のペギー・ベーコンも一篇を寄せているので、当然影響を受けているだろう。アレグザンダーもまた『家の中の虎』を読んでいたと考えられる。『時をかける猫とぼく』に平安時代の日本の場面があり、一条天皇が登場するが、彼はスペルを間違え、イチゴウ天皇になっている。じつはヴェクテンはおなじ間違いを犯していて、ご丁寧にもそれを踏襲してしまっているのだ。 

*オランダ系移民の子、カール・ヴァン・ヴェクテンは、世界の文化の中心地となりつつあったニューヨークにおいて、勃興する黒人文化、とくにその文学や芸術に注目した。ハーレム・ルネサンスと呼ばれる黒人文化の大きな潮流を生み出した人物のひとりである。(小説『ニガー・ヘヴン』はセンセーションを巻き起こした。邦訳あり)そんな彼には意外にも猫愛好家という一面があった。猫に関しても彼は博覧強記ぶりを発揮し、上述の二著を出版している。

 ペギー・ベーコンとロイド・アレグザンダーにとって猫の九生のことわざは想像力をかきたてる絶好のモティーフだった。しかしその定義のしかたは曖昧模糊としていた。

ベーコンの小説の場合、猫(オパリナ)の最初の生だけが文字通りの生であり、あとの八生は、繰り返しあらわれる屋敷にとりついた猫の亡霊であり、正確には生とはいいがたい。この設定ではおどろおどろしい猫の物語ができてしまいそうだが、ベーコン自身が描くばけ猫は気位が高いだけで、読者に恐怖を与えることはない。日本の猫叉のような姿だったら怪奇小説、あるいは恐怖小説ができあがっていたかもしれないが、ベーコンが描くと愛着が持てるキャラクターになるのだ。

アレグザンダーもまた主役の猫ガレスに「九つの生なんて持っていない」と言わしめる。しかし「九つの生を(タイムスリップして)訪ねることはできる」と、九つの生の意味を微妙にずらし、タイムスリップの話に仕立てているのだ。こうしていろいろな時代、いろいろな場所を訪ねることができることになった。そのうちのひとつは前述のように、千年前の平安時代の日本である。日本人としてはうれしいし、描かれている当時の日本もやや不正確であるものの、すべてがいい加減なものともかぎらない。一条天皇が少年天皇であること(一条天皇は7歳で即位している)、藤原氏の摂関政治がおこなわれていたこと、権力者が天皇の叔父であったこと(一条天皇の場合は祖父だったが)、一条天皇が無類の猫好きであったことなどは、おおむね正しいのである。本文中、少年の一条天皇は傀儡天皇となるのを嫌い、猫の扱いをめぐって、摂政の「藤原のおじさん」と対峙する。ここには子どもから独立したおとなになろうとする少年の心理が描かれていて、なかなか奥深い。

 作者たちはかならずしも「猫に九生あり」ということわざを掘りさげようとはしなかった。ここではこれらの作品にかわってその起源や歴史を探ってみたい。

 このことわざの起源はエジプトにまでさかのぼれるかもしれない。エジプトのベニハッサン村からは、1888年の発掘だけでも、8万体もの猫のミイラ(BC2000年~BC1000年頃)が発見されたという。ペットというよりは、崇拝の対象だったと考えるべきだろう。猫を惨殺した場合はもちろん、うっかり殺しただけでも処刑されたという。とはいえ、生まれたばかりの猫がミイラにされていることから推察すると、儀礼や祭礼のときにミイラが奉納されていたのだろう。

 猫の女神バステトの本拠地は、いまは廃墟のみが残るブバスティスだった。ここの神殿の石碑にはつぎの一節が刻まれていた。

 私は1なるものであり、2となるものである。私は4なるものであり、8となるものである。私はさらに1つ加えたもの(9なるもの)である。

 聖なる数9と猫の組み合わせがエジプト起源であることが、このあたりからもうかがえる。エジプト神話、とくにヘリオポス創世神話の九神(アトゥム、シュー、テフヌト、ゲブ、ヌト、オシリス、イシス、セト、ネフティスら九柱の神々)からも、数字の9が崇拝されていたことがわかる。またオシリス、イシス、ホルスの三神はエジプトの三神として崇拝された。

 エジプトの9神の影響を受けたローマでも、エジプトのイシス、ギリシアのアルテミスと同等の女神として、夜の女狩人である世界の母、ディアーナが9番目の神格とみなされ、崇拝された。数字の9はディアーナ、猫の魔性、九生と関連づけられた。9はまた邪悪なる数字6をさかさまにしたものとしてとらえられた。

 「猫に九生あり」は、シェークスピアの『ロミオとジュリエット』のセリフに出てくる。街中で、ジュリエットが当主の娘であるキャピュレット家の甥ティボルトとロミオの友人マーキューシオが出くわし、いさかいになる。そして偶発的にマーキューシオが殺される。怒ったロミオはティボルトを殺してしまい、罰として町から追放される。いさかいになるシーンに猫のことわざが出てくる。

ティボルト おれをどうしようというのだ。

マーキューシオ しれたことよ、猫の親分、おまえに九つのいのちがあるなら、そのうちたった一つだけちょうだいしようと言うのよ。(小田島雄志訳)

 悪ふざけのことばにすぎないが、これが導火線に火をつけることになってしまった。ティボルトは猫呼ばわりされたことに激高する。古代エジプトでは神として崇拝されていたが、中世英国(場面はイタリア)ではもはやその面影はなく、むしろ邪悪な生き物、あるいは悪魔の化身ととらえられるようになっていた。猫が九つの命を持つといういわば迷信は、説明なしでセリフに用いられるほど、広く信じられていた。だれも本気で信じていたわけではないようだが……。

 中世ヨーロッパにおいて、猫、とくに黒猫はいつのまにか不吉なイメージを持つようになり、忌み嫌われることが多くなった。そして魔女とセットで考えられるようになった。『ロミオとジュリエット』がはじめて上演されてから間もない1607年に出版されたエドワード・トプセルの『四つ足の獣の歴史』にはつぎのように書かれている。

 魔女たちの使い魔は通常、猫のかたちであらわれる。この獣が魂や身体に危険であるかどうか論じられている。

 猫は重い病気を引き起こす。その息は肺病を、その歯はひどい噛み傷をもたらす。その毛を飲み込むと、窒息してしまう。

 その三百年後、鬼才アレイスター・クローリー(18751947)はおそらく、魔女(魔術師)になることを夢見ていた。彼は猫がほんとうに使い魔であるかどうか、たしかめようとしたようである。

 十四歳のときに自分は本当に猫には命が九つあるのかどうか見きわめるために猫を殺すことに決め、「一匹見つけてきて、砒素を大量にのませ、クロロフォルムを嗅がせてから、ガスの火の上に吊るし、刺したり喉を切ったり、頭部を打ち割ったりし、猫がほぼ完全に焼けてしまうと、今度は水に漬け、窓からほうり出した。そうすればたとえ九つの命があっても、墜落死するのではないかと思ったからだ。……今でもおぼえているが、そのとき私は猫が気の毒でたまらず、ひたすら純粋な科学実験を遂行するために心を鬼にしているのだ」と書いている。 (中村保男訳 コリン・ウィルソン著『現代の魔術師 クローリー伝』) 

 この文章を読んでいやな気分になるのは私だけではないだろう。高尚な理屈をこねてはいるが、やっていることは猫の虐待だからだ。ときおり猫を何匹も虐殺して捕まる人がいるが、かれらは異常性格者であり、殺人者予備軍である。クローリーの体内にはそうした邪悪な血が流れていたのではないか、と思えてならない。

 ともかく、ここで注目すべきは、猫が九つの命(生)を持っているのはほんとうかどうか、たしかめようとしている点である。九つの命(生)を持つからこそ、猫には並はずれた生命力があると信じられていたのである。