ドゥナ(70)ナムサ

 盲目のナムサ、ドゥナももうこの世にいない

  ドゥナもまたよく知られたナムサだ。村の中心から畑や野原を抜け、村はずれの家が何軒か集まっているあたりに行くと、舌を鳴らしながら鶏をおっている盲目の(もちろん紋面の)老婆がいた。彼女の家から十メートルばかり離れたところだった。家はどこにでもあるような校倉式の建物だが、入り口横にかけてある牛の角が目をひいた。

  ガイド役のP君(父はチベット族、母は独龍族)が体調を崩していたので、さっそく「治療」をしてもらった。といっても、息を吹きかけながら、胸のあたりを撫でるといったごくシンプルなものだ。重病人の場合、ラアパ儀式(後述)をおこない、犠牲の鶏を患者の身体のまわりでまわしながら祈祷する、といったことをするらしい。

  そのあと家の前で鈴を鳴らしながら念じ、ナムを呼んだ。

  ドゥナは、迪政当の生産小隊隊長(故人)の妻だった。祖父のトゥンツェンクンチャは、前述の夏瑚から委任状をもらったカサン(頭人)であり、またロンウー氏族のナムサでもあった。彼のナムは八人(男6女2)だった。

  ドゥナは失明するとともにナムが見えるようになったというが、つぎの話の時点で視力があったのかどうかは、はっきりしない。

  ある晴れた日、ドゥナは病気で囲炉裏端に横たわっていると、太鼓を吊るしたあたりに二人の男とひとりの女が現れた。「われわれはあなたと友だちになるために、カワカポからやって来た。あなたたちは衛生に気をつけ、よく洗濯しなければならい」と謎めいたことを言うと、忽然と消えた。ドゥナはその瞬間、意識をうしなった。

  七、八日後、大ナムサ(上述)のムーランタムティンが治病のため迪政当にやってきて、トゥリクンの家に泊まった。彼はドゥナにナムが来たことをすぐ察知し、トゥリクンに語った。「ドゥナにはナムがいるぞ。ナムサであることをあきらかにすれば、病はよくなるであろう。おまえはドゥナを呼び、酒席を設けるのだ。わしはわがナムとよく話をし、わがナムはドゥナのナムに話をするであろう。これでドゥナはナムサになるのだ」[1]

  ドゥナには八人のナムが現れた。これは祖父とおなじではないかと考えられる。祖父から一代を隔てて、ロンウー氏族のナムが継承されたのだ。しかし近年、さらに三人のナムが加わった。ナムは以下の通り。

スオンバンスエン(女)ナムの首領。算命術を得意とする。天界からナムを派遣して、病人のプラを救う。

デンカンチェンソン(男)スオンバンスエンのパートナーであり、助手。このふたりはつねにドゥナのそばにいて、警護している。

カムラナム(男)悪鬼デゲラプランとレサプランを殺すのが専門。

ペンセルナム(男)カムラナムの助手。

ムーシャンソン(女)痢疾専門。

カントゥナム(男)ムーシャンソンのパートナーであり助手。他の病気を治すこともできる。

ワンミティンスエン(男)腹痛、頭痛、身体の不快感などを治す。

タンゲルナン(男)ワンミティンスエンの助手。

  あらたに加わったのは、

タプナム(男)役職不明。

タムソン(男)役職不明。

イェンニクレン(女)ナムのなかでももっとも美しいという。

  つぎのような話が記録されている。[家麒1983]

  最近、ナムからの報告で、ドゥナは天上のグムが、三人の村びとの死を決定したことを知った。しかしまだ望みはあるので、彼女はそれぞれの家でラアパ儀式をおこなった。各家で、活きた鶏のプラをナムに与え、天上にもっていってもらい、三人のプラを取り戻してきたのである。儀式のあと、各家で麦粉を練って豚、鶏、牛、羊などの像(一種のトルマ)を造り、箕のなかに入れ、まわりに枝を挿し、紙きれや布きれを張る。これをラダルと呼ぶ。ラダルを村の外に置き、精霊の祟るのを防ぐのだという。

[1] じっさいに何が行われたのかは推測しがたいが、ヒントになるのはネパール・タマン族のケースだ。ボンボ(シャーマン)が治療するとき、患者自体が(太鼓の音にいざなわれて)トランス状態に陥る(L.ピーターズ『タマン・シャーマン』)。シャーマンが病気のシャーマン候補を治療するにあたり、ともにトランス状態になるのはまれなことではない。シャーマン候補がシャーマンから学ぶその第一は、トランスのコントロールのしかたなのだ。チベット語でいうツァゴチェ(rtsa sgo pyed啓脈門)である。


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