コンチェントゥリ(72)ウ


ウという数少ないシャーマン、コンチェントゥリの治療場面

  ナムサが村びとからの尊敬を得ているのに較べ、ウとよばれるタイプのシャーマンは社会的地位が低い。このコンチェントゥリに会おうとしたときも、村びとたちは口をそろえて「なぜウになんか会うんだ。たんなる酔っ払いだぞ」などと言って、思いとどまらせようとするのである。

  ナムサには天の精霊であるナムが憑くのだが、ウには崖鬼のジプランなどが憑く。善霊ではなく、悪鬼をコントロールせねばならないので、つねに悪の力に屈服するおそれがあるのだ。

  それにウはまず、酒を飲んで酩酊してから悪鬼と交信する。酔っ払った状態と神がかりとの境界はかぎりなく淡いのだ。その状態が進むと、ウは狂ったようにうたい、踊る。

  コンチェントゥリは、村はずれの森に囲まれた一軒家に住んでいた。物凄い形相の男である。話をしながら酒を飲む。酒を飲みながら、ますます目をあかあかと輝かせ、険しい表情になっていく。眼窩はくぼみ、頬はこけ、髑髏のような顔だと思った。酒乱なのか狂人なのかわからない。なにか無気味な空気が部屋のなかによどみはじめた。

  たまたま、眼病を患っているという紋面の女(五〇くらいに見える)が訪れていた。医者に診てもらうような気軽さで、ウに会いにきたのだ。

  ウは卓の上に茶碗を置き、酒をなみなみとそそいだ。それからその横に小刀を置いた。ロウソクの火を一息で消すと、突然宙に両手をぐっと突き出し、何かをもらった。精霊から「目に見えない」薬をもらったのだ。そして酒のうえに粉(粉薬だったわけだ)をぱらぱらと落とす。それを紋面の女に飲ませて、治療は完了したという。なにかあっけにとられたような気持ちで、われわれはウの家をあとにした。

  コンチェントゥリは一九八二年頃ウになった。ということは六〇を間近にして、なったということだ。それまでは普通の人と変るところはなかったという。

  あるとき、酒を飲んでいると、懐中電灯で照らしたかのように、彼のまわりに光がとびはねはじめた。頭がぼおっとした瞬間、白い服を着たふたりの男があらわれ、彼に薬を渡した。こうして彼はウになったのである。

  そのふたりはシュンマ[1](名はラシュン、ナンシュン)だという。薬を渡すのは、シュンマによくみられるパターンである。だがまた酒を飲んでトランスに入るのは、ウの典型的なパターンだともいえる。どうやらウとシュンマの中間と考えるべきなのだろう。崖鬼(ジプラン)を祀る本格的なウについては、後で述べる。

  彼はふだん、精霊を見ることはなく、もっぱらアシ(霊魂)やプラを見るのだという。そしてふたりのシュンマは彼の背後にいて、どんな薬がいいか指示を与える。彼はまた不明になったプラを探し、連れ戻すこともできる。

[1] シュンマがチベット語のスンマ(srungma)からきている可能性もある。「チベットのスンマはシャーマニックな起源をもつと、しばしばみなされる。ラパ(lhapa神が降りた者)を通じて語るのである」(Mumford “Himalayan Dialohue”)。スンマがもともとシャーマンの守護霊であったとすると、シュンマとの近似性は大きい。またスンマがツェンであることも多く、ツェンが崖鬼に近いことを考えれば、シュンマとウが同一であっても不思議ではないといえる。


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