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これらの精霊の中でもとくに「野の神」、「テントの神」、「家の神」、「竈(かまど)の神」は人々の日々の暮らしと密接な関係がある。竈神はモンゴルの火の神や「竈の母」、あるいは中国人の「竈の神」とよく似ている。

チベット人の「竈神」(タブラ Thab-lha)は非常に怒りっぽくて、火を絶やすと、容赦なく病気やその他の不幸でもって罰する。

バターを捧げれば喜ばれるが、髪の毛や古い布切れ、犬の糞などが火の中に入り込んだり、鍋が吹きこぼれて竈を汚したりすると、罪を犯した者は災難に見舞われる。彼(罪を犯した者)は危険に気をつけなければならない。このような事故が起こった場合、迫りくる不幸を避けるために、竈の持ち主は経験豊富なボン教の祭司を呼び、適切な浄化の儀式を行わせなければならない。

汚れた炉が掘り起こされ、祭司はトランス状態に入り、土塊を取り出す。こうして浄化と宥めの儀式は成功したとみなされる。穢れの悪魔が宿った幼虫や蛆虫は即座に滅せられる。土塊の中に生き物の痕跡が全く見つからなければ、悪魔は明らかに逃げおおせたことになる。そうなると祭司はもはや助けることができなくなり、汚れた竈の持ち主は不幸の到来に備えなければならない。

おそらく祖霊である、明らかにきわめて古い概念である「人神」(pho-lha ポラ)と「敵神」(dGra-lhaダラ)は、ボン教アニミズム研究において特に興味深い。このような2つの霊はすべての人間に宿り、悪魔の影響を遠ざける守護天使のような存在とみなされる。したがって、「敵神」は人間の悪の化身ではなく、むしろ効果的な助けとなる霊とみなされる。関連するモンゴルのスゥルデと同様に、これらのダラは武装した戦士として現れる。何らかの理由で天に行くために人間の体から離れなければならない場合、その人は邪悪な悪魔の攻撃によって大きな危険にさらされる。その結果、彼は病気やその他の不幸に見舞われる可能性があり、経験豊富な司祭が呼ばれて行方不明の霊魂を人間の住処に呼び戻さない限り、その人物は最終的には必ず死んでしまう。



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