古代ボン教は非常に複雑な儀式体系を持っていたが、その宗教建築は非常に簡素で限定的なものだったようだ。初期の時代から、後の時代にラマ教徒(チベット仏教徒)によって建てられたような実際の寺院や僧院に関する記録は残っていない。
唯一の言及は、ボン教の伝統に基づく王の歴史書に頻繁に登場するような、ごく質素な宗教的な聖地に関するものである。
ボン教の儀式には多くの司祭や呪術師が従事していたが、彼らの役割が具体的にどのようなものであったかは、今日では漠然としか推測できない。天上のボンポと地上のボンポ、ボンジェ(大司祭)、ラボンポ(神ボンポ)といった存在が言及されていて、彼らは明らかに神聖な儀式に関わっていた。一方、ギェルラブ(王統記)によれば、ドゥン(sGrung)とデウ(lDeu)は葬儀の儀式や神秘主義的なもの、神託に関わっていたようだ。
しかし、ボン教の司祭の中で最も重要で、最も頻繁に言及されたのはシェン(gShen)だった。シェンという言葉は、後に体系化されたボン教の神話上の創始者の名前にも含まれている。シェンラブ(gShen-rab)は「最も優れたgShen」を意味し、固有名詞ではない。元々はシャーマンを指していたが、後にシャーマンではないボン教の司祭にも使われるようになった。
[すでに述べたように、ナシ族のトンバ教の祖師トンバシャラ(あるいはティンバシロ、ティバシロなど)はトンバ・シェンラブが訛ったものである。トンバ教祭司トンバ(東巴)はブブ、ブンブと呼ばれることが多いが、そのことからも、トンバ教がボン教であること、あるいはボン教から派生した民間宗教であることがわかる]
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