心風景 inner landscape 25    宮本神酒男



 二十数年前のとても古い写真なので「なつかしい」と感じるのは当然だけれども、じつは当時現場にいるときからこの風景を「なつかしい」と感じていた。この感覚はどこから来ているのだろうか。前世? 祖先から受け継いだ遺伝子の記憶? それともたんなる勘違い?  
 No24で述べたように、この旅の目的地はここ貴州省南東部の仁里というトン族の村だった。トン年、つまりトン族新年が行なわれるのは9月末から10月頃とされていたが、はっきりとはわからなかったので、その3、4か月前に下見にこの村を訪れていた。マイクロバスが通る道から4時間かけて歩いていった。
 今回は海南島や西双版納(シーサンパンナ)を一緒に旅をした写真家のKさんも同行した。前回と同様、ホテルやゲストハウスがないので、ある個人の家に泊まることが想定されたので、その主人のために茅台(マオタイ)酒とタバコ何カートンかをみやげに持っていった。しかしこの懐柔作戦がアダとなる。主人に酒乱の傾向があったのである。
 村に着いた翌日から新年の行事がはじまった。泊まっている家を出て村の中心地へ歩いていくと、舞台が作られ、そこでさまざまな演劇が演じられていた。演目はよくわからないが、トン族に伝わる民間故事が中心となっているのはまちがいないだろう。演じ、歌う者はほとんどが女性で、男性は進行役や楽器の演奏を担当していた。アリーナ席(?)は子供たちが陣取っていて、いかに子供が大事にされているかが伝わってきた。

 

 

 「なつかしい」と感じる風物詩のひとつは餅つきである。なぜか日本人が勝手に日本人だけのものと思いこんでいるが、中国少数民族の間ではそれほど珍しくない。神社建築に残る「高床・千木(ちぎ)・かつおぎ」とともにモチ文化も中国西南からやってきたのかもしれない。もっとも、シーソーのような大きな杵(きね)でモチをついているのだから、またモチも赤く染めているので、似て非なるものといえなくもない。

  

 そして新年といえば一年に一度のごちそうの日である。この泊まっていた家のごちそうを見て「なんて貧しいんだろう」と思われるかもしれない。しかしこの日は飼っているブタが屠られ、信じられないほどたくさんの肉料理が出たのである。

 新年のごちそう 

 数日間ほんとうに楽しく過ごすことができたのだけれど、結末は後味の悪いものとなった。ある晩、マオタイ酒を飲みすぎたのか、主人の顔つきがみるみるうちに変貌したのである。その顔は凶悪犯のようになり、多額のお金を置いていくように迫ってきた。あとで考えると、Kさんが金を持っているように見えたのかもしれない。もし私ひとりだったらどうなっていただろうか。私の貧乏人面を見て要求してこなかったかもしれないが、逆に命の危険をさらすような事態になっていたかもしれない。
 ともかく、ただならぬ雰囲気に、われわれ二人は逃げることに決めた。午後遅い時間、日没までに決行しなければならない。主人が酔いつぶれたのを見て、われわれは多少のお代を置いて、そっと家を抜け出し、しばらく忍び足で歩き、そこから走った。全速力で走った。Kさんは私より年上だが思いのほか速く、私は遅れないようについていくのがやっとだった。

 家の娘さんたちも、おめかしして 

 道路に出てバスを待つこと1時間、ようやくマイクロバスがやってきた。私は手をあげてとめようとしたが、車掌らしき女性が手を振って「乗せられないわ」と冷淡に示した。気づくとバスははるか遠くで小さくなっていた。
 われわれは絶望的になった。今のが最後のバスだろう。それから待てども、待てども、バスはやってこなかった。しかし意外な援軍が現れた。トラジ(トラクター)である。そのトラジに乗せてもらって、数時間はかかったが、町に到達することができたのである。


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