ヒマラヤを越えた文字喪失伝承(6)               宮本神酒男 

<+α>
 ほかに文字喪失伝承を持っている民族といえば、ミャオ族(モン族)である。3種類の説話があり、そのうちの2つはいままでに挙げた話と酷似している。

[湖南・ミャオ族] 
 ミャオ族の祖先である翼落は10冊の本を書いた。彼は死ぬ寸前にふたりの子供に半分ずつ分け与えようとした。しかしカラス(九官鳥も含む)がそのうちの2冊をくわえて持っていってしまったので、子供たちには4冊ずつ渡った。カラスはこのとき以来人間の言葉をしゃべるようになった。子供のひとりは本を読むのが面倒だったので、まるごと飲み込んでしまった。ミャオ族はその子孫であり、文字がないのは飲み込んでしまったからである。もうひとりの子供は本を食べたりはしなかった。そのため子孫である漢族は漢字をもっているのだ。

[貴州・ミャオ族1] 
 古代にいてミャオ族が民族移動をするとき、大河を渡らなければならなかった。そのときミャオ族は書物を濡らさないよう口の中に入れて渡った。河の半ばに達したとき、突然大きな波が押し寄せた。あわてたミャオ族は思わず書物を飲み込んでしまった。一方漢族は文字を髪に挿して渡ったので、いまも文字を有しているのである。

[貴州・ミャオ族2] 
 ミャオ族の祖先は賢かったので、舟に乗って河を渡ろうとした。しかし風雨がすさまじく、彼は河の途中で水中に弾き飛ばされてしまった。河底から彼はなんとか経典を掬い上げ、川岸の石の上に置いて乾かそうとした。しかし不運なことに牛がやってきてそれを食べてしまったのである。こうしてミャオ族には文字が伝わらなかった。それ以来ミャオ族が儀式をするとき、牛を犠牲とするようになった。また牛の胃(おそらくセンマイ)をミャオ語で「書物」と呼ぶようになった。

 

⇒ 目次 

⇒ TOP