ネウィット・エルギン 宮本神酒男訳
おなじ病棟の患者であるわれわれ三人は精神病院から逃げ出すことにした。われわれはここにいるべき人間ではないのだ。担当医は同意してくれないが。いや彼はもう医師などではない。彼はわれわれの仲間になったのだ。ともかく年寄りから現実世界についてくどくどとおなじ話を繰り返されるのにうんざりしてしまった。われわれは自分でそれを探し当てたいのだ。
逃亡をはかる前に、われわれは仲間のなかでもっとも頭がイカレているスマルティーを屋外にやって、われわれすべての囚人を閉じ込めている壁について調べさせた。二日後、スマルティーは疲れ果て、おなかをすかせて戻ってきた。彼はひどくしょげかえっていた。
「友よ、逃亡なんてできんよ。まわりに壁がないのだから」と彼は説明した。
沈黙のあと私はいった。「それじゃあひとつ壁を作って、それを飛び越えればいいじゃないか」
スマルティーは反駁する。「そんなもの必要ないだろう。われわれは感覚の囚人なのであって、壁の囚人ではないのだから」
「それなら」と私。「感覚を変えればいいだろう」
「そんなに簡単じゃないさ」と彼。「ジョーを見ろよ。あいつは食べないし、しゃべることすらしない。しかし彼はこちら側にいるのであって、あちら側じゃないんだ」
ジョーはしゃべるのをやめる決心をし、小さな黒板を首にかけた。何か言いたいことがあれば、黒板に書けばいいというわけだ。
「スマルティーよ」と彼は黒板に書いた。「こちら側って何なんだ? あちら側って何なんだ?」