つぎの港へ

ネウィット・エルギン 宮本神酒男訳

 小さな黒い帆船が私をこの港へ運び、そして去っていった。

 奇妙な物語のはじまりのように、あるいは終わりのように、私は緊張し、落ち着かなかった。最後の一条の光が消えるまで私は日没を眺めていた。

 私は人魚と寝て、夜じゅう波の砕ける音を聞いていた。それから水平線上に太陽が現れると、浜辺に沿って伸びるハイウェイが金色に輝いた。

 ひとりで、あるいは連れ立って歩く人々がいた。彼らは片方の肩に上着をのせていた。胸をはだけている人もいた。彼らはみなおなじ方向にむかって歩いていた。

 私は反対方向に歩きたかったけれど、面と向かうのがいやで、挨拶するのも鬱陶しかったので、彼らの後ろを歩くことにした。

 それは長く、ゆっくりした旅だった。

 浜辺に散らばった藻類のなかに、果肉が密な、あるいはすかすかの浜辺葡萄(シーグレープ)がまじっていた。

 生きた、あるいは死んだ魚や色とりどりの貝、タツノオトシゴを私は見た。

 われわれは丘の上に立つ白い大理石のホテルに着いた。ホテルの階段やテラスはビーチとつながっていた。

 みな階段を上り始めたので、私もならって上っていった。

 私はときどき足を止め、振り返った。上れば上るほど、景色はよくなった。

 それは水平線ではなかった。海ではなかった。私が見たものはイマジネーションを慈しみ、育む母親のやさしさだった。

 遠くに見えるのは古代の船の一群だった。船は沖合いの小さな島に立つ高架式水道から新鮮な水を注入していた。古い城はスパイス・ロードの出発点の目印だった。

 すっかり疲れたので、階段から廊下に入ると、その先にドアがあった。私は鍵をもたず、暗証番号も知らなかったけれど、ドアは自然にあいた。そこには大きな部屋があった。

 背が高くて褐色の宦官たちが陽気な甘い声でしゃべくりあっていた。こびとたちはゲストのもてなしに忙しかった。だれも私の存在に気づかなかった。床の上にあった枕に私は坐った。私にはわかっていたのだが、われわれはだれか特別な人の到着を待っていた。

 時は過ぎた。影は長くなり、部屋は暗くなった。ホテル側は停電を詫び、ロウソクがともされた。

 私のロウソクはゆっくりと燃え、ついに芯を残すのみになった。客のもてなしは終わった。ゲスト、宦官、こびとたちはみなどこかへ消え去った。私も出て行きたかったが、ドアも窓もロックされていた。

 私がいつも期待していた特別な誰かというのは「夜」だった。星も夢もない「夜」。それを見るために、目も感覚もいらなかった。

 自分を解き放て。私は暗闇に飛び込んだ。

 

 黒い帆を張った小さな船がやってきて、私を連れ去り、永遠がひとつの小さな波にすぎない大海原を越えていくことを願った。

 この物語がいつ、どこで、どの港で終わるのか、また異なる日の出とともにはじまるのか、私は知らない。

 

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