風の宮殿
西チベットを車で移動すると、ときどき人造物、つまり宮殿としか思えないような岩山を見かけることがある。宮殿の前にはストゥーパがあり、これが自然の造形だなんてありえないと思って近づくと、突然ただの岩塊に変身する。自然の仕掛けただまし絵である。何千万年もかけて風が作り出したマスターピースだったのだ。
しかし私は考えた。私が王なら、むしろこの地形を逆に利用して、本物の宮殿を築いてしまうだろうと。ここに洞窟をうがつだけで、なかなか立派な要塞のような宮殿ができあがるではないか。
私がパンタという洞窟群の近くで「自分行方不明事件」を起こしてしまったのには、そういった経緯があった。村に戻るため海抜4200mの地点から4600mの高台にひとりで上がったとき、風の宮殿があった。私はそこに洞窟がうがたれ、本物の宮殿になっているかもしれないと思ってひとりで調べまわった。だがまたも自然の神に私は翻弄されてしまったのである。人の手が加わった痕はなく、私は岩の上で行き場をなくすこともあった。何時間も時間を浪費しただけだった。
先に村に帰った友人や現地の人々、ドライバーは帰りの遅い日本人の身を心配し、深夜にもかかわらず捜索をはじめていた。
その頃私は耳元の謎めいたささやきを振り払いながら、一度は崖際で落ちそうになりながら、高台の草原のなかをさまよっていたのだった。
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