(4)世界樹のもとでのヒーリング儀礼 

                      宮本神酒男 


 私がロブチュク村に戻ると、ヒーリング儀礼の準備がはじまった。ある大きな部屋が儀礼の場所に選ばれた。バクシ自身が箱を重ね、それを脚立代わりにして天井の板をはずし、そこにあった鉄の輪に白布を巻いたロープの端をくくりつけた。鉄輪にはよく茂ったヤナギバグミの枝葉を挿した。この枝葉には赤、薄桃、青、黒、黄、白の長さ60センチほどの布切れが41枚飾り付けられた。この色とりどりの布片はクリク・ジルタンピル(41の精霊)を象徴していた。また床板がはずされ、ロープのもう一方の端が鉄の輪にしっかりと固定された。

 この屋根裏と床のあいだにぴっちりと張られたのぼり(実際はロープ)はトゥグと呼ばれた。シャーマニズム学の権威ミルチャ・エリアーデならまよわずこれをアクシス・ムンディ(世界軸)あるいは世界樹と呼ぶだろう。中央アジアや北アジアのシャーマンの多くはこの象徴を用いているのである。ただし世界樹(のレプリカ)を立てるのは家の中ではなく、ユルト(テント)の前か内部である。象徴的に世界樹の上の枝葉は天上と接し、根は地下世界とつながっている。こういった世界観は、ハミのウイグル人がかつて中央アジアの遊牧民であったことを物語っているだろう。

 患者は40代後半の黒い衣装を着た女性で、白い頭巾を被り、腰に白い帯を巻いていた。彼女は左手にロープを持ち、歌いながら反時計回りにまわっていく。三人の助手(みな年長の男性で、先代のバクシの時から助手を務めていた)が祈りを捧げ、太鼓をたたきながら歌をうたう。この歌がなかなかすばらしい。太鼓の音もリズミカルで、ライブハウスにでもいるみたいに私の体は反応して動き出した。これこそ宗教民族音楽であり、芸能なのである。ここにバクシが登場する。彼は短い(30センチほど)剣と鞭を手に持ち、歌いながら、患者に憑依した精霊を呼び出した。彼女はしだいに震えだし、トランス状態に入っていく。私は予想もしていなかったのだが、シャーマン以前に、患者のほうがトランスに陥るのである。患者がブルブル震えているのは、とりついている精霊が表に出てきた証だった。バクシは声を大きくしながら、短剣で切りかかり、鞭を床に打つ動作をした。もちろん実際に患者を傷つけることはない。

 彼らはヒーリング儀礼の最初に祈祷を唱える。

あなたは空に浮かぶ月 

あなたはわが首にかかる魔除け 

明月のない夜 

あなたは唯一の輝く灯明 

私はあなたに恋い焦がれています 

どうか一目でも私を見てください 

ああ、アッラーよ 

ああ、アッラーよ 

 

 そして儀礼の中で精霊(ピル)を呼ぶ歌をうたう。

精霊たちよ 

ああ、アルワク(霊魂)たちよ 

ああ、モスルマン(ムスリム)ピルよ 

ああ、イムス・ピルよ 

ああ、ジェヤンダス・ピルよ 

ああ、クリク・ジルタン・ピルよ 

ああ、去来する天使たちよ 

一万の精霊があつまるここに 

来てください、さあ来てください 

わがカンバル神たちよ 

スレイマン(ソロモン)の意向のとおり来てください 

整列し、隊列を組んで来てください 

たとえあなたがたの頭が黄金でできているとしても 

ぜひ来てください 

たとえ一日日光を見なかったとしても 

ぜひ来てください 

たとえキリスト教の神であろうとユダヤ教の神であろうと 

ぜひ来てください 

 

 精霊が憑依したあと、バクシはうたう。

ハンジャル(神剣)を持ち 

われはここにやってきた 

アッラーとフダ(主)の御心にしたがい 

われはここにやってきた 

スレイマンの御心にしたがい 

われはここにやってきた 

 

 そして儀礼の終盤で精霊を追い出すための歌をうたう。

さあ去ってください 

すみやかに去ってください 

病人の体の中にあなたがたの居場所はありません 

整列し、隊を組んで去ってください 

たとえあなたがたの頭が黄金でできているとしても 

たとえあなたがたがインドの先住民であるとしても 

去ってください 

患者の病気を持って去ってください 

もし病気を置いて去ったとしたら 

病人は体を悪くしてしまいます 

ああ、マーリクよ、カンバル神よ 

スレイマンのことばにしたがって 

どうかすみやかに去ってください 

 

 そしてバクシは赤くなるほど熱したカントゥマン(鋤)や鍬を患者の体に押し当てて、病気を起こしている精霊たちを駆逐しようとする。またニワトリを患部にこすってやはり精霊たちを追い払おうとする。こうして病を起こしていた原因が除去されると、患者はトランス状態から脱し、通常の状態に戻る。

 そのあと患者は外(裏庭)に出てうずくまる。バクシは柴草に火をつけ、その火によって患者の体中を浄化する。こうして病魔は駆逐され、ヒーリング儀礼は結束する。

 最後の火による浄化の場面などは、拝火教(ゾロアスター教)の名残かもしれないと思った。歌の中に「アッラーとフダ(主)」ということばが出てくるが、フダはもともとアフラマズダ(ゾロアスター教の神)を表していた。イスラム化するまで、マニ教を国教としたウイグル帝国(744840)をはじめ、現在の新疆ウイグル自治区のあたりにはゾロアスター教の信仰が広がっていたのだ。


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