ラカイン礼賛
6 精霊(ナッ)たちのムラウー
小船でレムロ川のチン族の村々を訪ねたあと、川岸の船着場からガイドのバイクに乗って町にもどる途中、田んぼのなかの古木に、鳥小屋のようなものがついているのが見えた。直感的にナッだとわかった。ヨウガゾ・ナッ(ロウガゾ・ネッ)、すなわち樹神である。
メルフォード・スパイロによれば、この樹神を祀らないで木を切り倒したため、祟りで家族全滅の憂き目にあった例があるという。具体的には書いてないが、家族は土砂崩れにでもあってしまったのだろうか。
田んぼのなかに樹神が祀ってあった。日暮れが近かったので、古木のナッは遠くから写真を撮っただけだったが、これをきっかけにナッについて調べようと私は思い立ったのである。このことが数日後のナップウェ(精霊儀礼)開催へとつながっていく。主宰者は、私自身である。それについてはあとで述べよう。ナップウェの儀礼中、さまざまなナッが登場するので、ナッ研究には効率的で最強の手段だといえる。
樹神を見かけた翌日からナッ探索がはじまった。前節で述べたように、祖母の霊(アプアシャン)や宮殿の守護神(マウン・ラ)といったナッを見たあと、村のナッを祀ったネッサン(ナッシン)を訪ねた。村の守護神はロシュンマ(Rwo shun ma)と呼ばれる。地域によってはユワザウン・ナッとかユワ・ドー・シンなどとさまざまな名で呼ばれる。そう、ミャンマーではよくあることだけど、名前がたくさんあってなにか落ち着かないのだ。
ムラウーにはおそらくいくつものロシュンマ(村の守護神)が鎮座している。私はマーケットからシッタウン寺院へと通じる道の道端のロシュンマを見た。道から一段高くなった狭い空き地に鳥小屋のような小さな祠があった。空き地といっても、そこはすでに聖域なので、草地だけど、サンダルを脱いだ。
もうひとつのロシュンマは、ムラウーから西へバイクで20分ほど行ったアンマンガラという村で見た。村を通る一直線の道路の脇に大きな空き地があり、その真ん中の林のなかの暗がりに、金色の祠が燦然と輝いていた。祠の横には苔むした石が散乱していたが、そこは古代の聖域ではないかと思われた。そこが発する霊気のようなものを私は感じ、近づいてそれを感じ取りたいと考えた。しかし数歩近づくと近所の犬が飛び出してきて、こちらに向って猛烈に吠え立てた。まさか聖域の番犬ってわけではないだろうが。
木や石の聖性を感じ取れるだろうか。
これも町の中心からさほど遠くない道の脇にあるナッの祠。かわいらしい女神の石像が安置されていた。
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