まとめ 

 特殊な民族や宗教の共同体を基本とした核となる国が歴史的に拡大と収縮を繰り返すのは、珍しいことではない。同様に多くの現代のポスト・コロニアル(植民地後)の国々の境界線は、帝国主義国家の行政上の便宜のために効率的に引かれている。ビルマもその例外ではなかった。その結果が、民族集団が複雑に混ざり合った国だらけのポスト・コロニアルの世界だった。この世界では多くの国が、複数の国にまたがる民族集団を擁しているのである。しかしこのことは、核となるグループが主体の国にそういった民族集団が存在する権利を持たないということを意味するのではない。現代国家の大半はこうした複雑な事情に対し、適切な、思いやりのある方法でなんとか対処しているのだ。不幸なことに、ミャンマーはこれに当てはまらない。ビルマ人の多くは、ロヒンギャという不法滞在のよそ者の侵略によって脅威にさらされている、と信じ込んでいる。

 この章では、長い間、アラカンの歴史と民族性がビルマの他の地域の歴史と民族性と、異なる発展を遂げてきた。政治的な統合は比較的最近のことであり、すべての証拠は、仏教徒のラカイン人がやってくる前から、アラカンにロヒンギャが住んでいたことを示している。

 これは何も、初期の歴史によって、誰が現代の国の市民にふさわしいかを決めようというのではない。ミャンマーの権威ある立場の人々がラカインとロヒンギャの想定される歴史について何を言おうとも、政策によって国連憲章下のこの地域に生まれた者に国籍を与えない国家はない、という事実から逃げることはできない。もし人がある国のある地域に生まれたとして、合法的な市民権が得られないとき、国から市民権を与えられるだろう。ロヒンギャは生まれと、国際法に従ってビルマ人である。彼らの遠い祖先はどこからやってきたのか。なぜ手がかりすらないのか。真実であるにせよ、虚偽にせよ、歴史は基本的事実さえ変えることができない。民族浄化のいかなる試みも正当化できる歴史などないのである。

 不幸にも、ある見方をする場合、ビルマのプレ・コロニアル(植民地化以前)の歴史はとても重要である。それはロヒンギャ迫害の正当化ができる場合のことである。現在のミャンマーの現実が意味するのは、攻撃者の考え方を理解するために、またこの現象が虐殺の前兆をいかに作っているかを正確に知るために、歴史の書き替えの場面を見るべきなのである。またミャンマーからロヒンギャを駆逐しようとしている人々が作った虚構を否定するために、国際社会はたくさんのものをテーブルに運び、地域の歴史に必要な客観的分析をもたらすことができる。ミャンマーの標準的な国民は自らの歴史を知る権利を持っている。またミャンマーの過激派仏教徒のばかげた提案に騙されない権利も持っている。

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