ロヒンギャ史 目次 宮本神酒男編訳 


はじめに 
ロヒンギャ秘史 彼らはネイティブなのか  宮本神酒男 地図 

忘れられた民、ロヒンギャ 人権を求める闘い 

by ハビブ・シディキ 
ロヒンギャ:われらの時代の忘れられた人々
 
     ロヒンギャの居住地区と歴史について 
     ロヒンギャの起源 
     ラカイン人の起源 
     アラカンにおけるムスリムの影響 
     1784年以降のアラカン 
     問題の解決 
ロヒンギャ論争 (1)(2)(3)(4)(5)   

ロヒンギャ:ミャンマーの知られざる虐殺の内幕 (1) 
by アジーム・イブラヒム 
1 1948年までのビルマの歴史 
     西暦1000年まで 
       ビルマ 
       アラカン 
     西暦1000年から1824年まで 
       ビルマ 
       アラカン 
     植民地時代(1824-1948)
       アウトライン 
       アラカンの人口統計の変化 
       まとめ 

神話なし、事実のみの<ロヒンギャの歴史> 
by ウー・チョー・ミン 
●学問的倫理はなく:意図的怠慢、曲解、誤引用 (1)(2)(3) 
●古代アラカンに住んでいたのは誰か 
●アラカンの歴史の流れ  (1) (2) (3) (4) 
●シャー・シュジャの殺害とその影響 (1)(2) 
●英国植民地時代 
●英国植民地時代の人口調査 (1)(2)(3)(4) 
●アラカン史におけるムスリムの役割 
●二つの共同体の文化的混合 
●ロヒンギャの民族的アイデンティティー 
●ロヒンギャという言葉の語源 
●ロヒンギャに対する姿勢の変化 
●ロヒンギャを敵視する者たちの言いがかり 
(1)ロヒンギャは外国人であり、アラカンにもとから住んでいたのではない。歴史はそう言っている? 
(2)「ロヒンギャ」は歴史のある言葉ではなく、近年作られたものである?  
(3)ムラウー王朝時代以前にムスリムもロヒンギャも存在しなかった? 
(4)ムラウー王朝時代、奴隷の子孫とナラメイッラ王のベンガル人の侍従から成る小さなムスリム共同体があるだけだった? 
(5)奴隷は結婚生活が認められていなかった? 
(6)アラカン王朝時代のムスリムは旅行許可証が必要だった? 
(7)R・B・スマートが著したビルマ地名辞典の記述はロヒンギャが外国人であるという証拠? 
(8)1942年の虐殺。誰が最大の被害者? (一)(二) 
(9)北アラカンのムジャヒド(ムスリム反乱者)はラカイン人を迫害した? 
(10)バングラデシュ人が大挙してアラカンにやってきた? 
(11)ロヒンギャはラカイン人やミャンマー人とみなすには文化的に違いすぎるというのは合理的? 
●ロヒンギャ排除の出発点 
●ラカイン人の歴史に関する見解の矛盾点 
●ラカイン人とは誰なのか 
●アウンサン将軍の国民の概念 
●ネ・ウィンの国民の概念 (1)(2) 
●アイデンティティ (1)(2)(3)(4)(5) 
●アーナンダ・サンドラ石碑はロヒンギャが昔からいたことの証明 

ロヒンギャ:ミャンマーの知られざる虐殺の内幕 (2) 
by アジーム・イブラヒム 
2 独立から民主政権誕生まで(1948―2010) 
       国内のできごと (1)(2)(3)(4) 
       国際関係 (1)(2)(3) 
       ロヒンギャへの影響 
       民主主義的な時期(1948ー62) 
       軍事政権の支配(1962ー88) 
       軍事政権の支配から民主主義への回帰(1988ー2008) 
       選択のターゲット 
3  民主主義への回帰 (2008ー2015) 
       サイクロン・ナルギス 
       憲法改正と2010年総選挙 
       ミャンマーの政治 (2011ー2015) 
       国軍とUSDP 
       NLDの役割 
       2007年以来の仏教の役割 
       テーラワーダ仏教の伝統 
       969運動 
       マバタ 
       現代ミャンマーのオルタナティブな声 
       2010年以降の国際政治 (1)(2)(3) 
4  ロヒンギャ関連 (2008ー2015) 
       ラカインの政治と行政 
       2012年の虐殺 (1)(2)(3) 
       2013、14年の虐殺 
       こうしたことはなぜ起きてしまったのか 
       2015年の難民危機 
       難民の運命 
       なぜ危機は明るみになったのか 
       ミャンマー政府の反応 
       余波